遠くて近い世界で

司書Y

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5 億が一にでも 3

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 セイジが人混みの中に消えるまで、その背中にスイはひらひら。と、手を振っていた。その横顔はいつも通り少し儚げで、すごく控えめで、笑顔が優し気で、どこが影があって、スイは否定するかもしれないけれど、はっとするほどに綺麗だ。そして、ユキはいつだってそんなスイに夢中だった。
 今日はアキはいない。
 だから、スイはユキだけの恋人だ。
 それなのに、いつまでもセイジの背中が消えていった人混みの方を見たままの瞳に少しだけ、嫉妬する。

「セージさん。心配性。てか、子ども扱い?」

 別にセイジに気遣われることが不快だったわけではない。
 ユキは自分が彼らに比べて年齢的に若いことも、精神的に成熟していないことも理解している。年上の友人たちが少し複雑な少年時代を送って、年齢の割に子供っぽい自分のことを心配していることももちろんわかっているし、心配してくれることに感謝をしているけれど、そんな心配はただの杞憂だと言い切れる。
 それでも、それを自分自身が分かっていればいいのだということも知っている。
 だから、これは気遣われたことに対して非難しているわけではない。ただ、もう、そんなことを気にしないで、スイには自分との楽しい時間のことだけを考えてほしかっただけだ。

「違うよ」

 けれど、スイはユキの苦笑をきっぱりと遮った。
 そして、ユキの方へと向き直る。いつもはその言動に反して少し幼く見える大きな黒目がちな翡翠色の瞳。こんな時はすごく大人っぽく見える。けれど、綺麗なのは変わらない。

「セイジ君は。ユキ君のことが友達として大好きなだけだ」

 す。と、伸ばされた指先が頬を撫でる。細くて、滑らかで、ほんのり温かいスイの指の感触。心地いい。

「好きなものは。無くしたくないだろ?」

 そうして、スイはにっこり。と、微笑んだ。まるで、女神さまのような笑顔だ。

 それはわかる。

 と、ユキは思う。
 ユキだって、友達は、もちろん。恋人ならなおさら無くしたくない。傷ついても欲しくない。

「だから、臆病になる」

 ひらり。と、長い睫毛が瞬いて、スイは少しはにかんだような表情になる。視線があちこちを彷徨って、ユキの手のあたりで止まった。

「けど……笑わないでほしいんだ。俺たちは……。俺は、ユキ君が大切で。万が一にでも。億が一にでも。なくしたくないんだ。無くさなくて済むためなら、臆病者にでもなるよ」

 スイはセイジと会う前までしていたように、恋人つなぎでユキの手と自分の手を合わせた。顔の方は向いてくれないけれど、その俯いた視線が愛おしそうに繋がれたユキの手を見ている。

「ごめん」

 握られているのは手なのに、心臓を掴まれているような気がした。
 この綺麗な瞳をした人は、自分のことを本当に愛してくれているのだと実感する。こんな、なにもない。ただ、二人でいるだけの1000回だって繰り返すことができる何気ない時間なのに、スイの一言だけで、仕草だけで、行動だけで、もう、今は特別な時間になっていた。
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