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Nc2t2C
4 街は火曜日 5
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「……てか、それよりも」
そう言って、スイはセイジを上から下まで観察した。
「セイジ君は大丈夫? 疲れてるみたいだけど。寝てないんじゃない?」
改めてセイジの有様に心配そうな表情になって、スイが言う。
「や。俺は。頑丈だし」
何故か、少し顔を赤くして、セイジが答える。
「いくら若いからって、無理しちゃダメだよ? ご飯は食べてる?」
そんなセイジにずい。と、顔を寄せて、その顔を覗き込んでから、スイが続けた。
近くない?
と、ツッコみの言葉は飲み込む。
本人が友人だと認めた人間に対して、スイはとことん面倒見がいい。もちろん、アキとユキは特別に扱ってはくれるけれど、仲がいいシロやナオに対して、少し、いや、かなり心配になるほど世話焼きになるのだ。そんなふうに心配してもらったら、相手によっては勘違いしてしまうんじゃないだろうか。きっとするだろう。
「え? はい。食べて……る? よ」
スイが顔を近づけてくるから、さらに顔を赤くして、セイジはとぎれとぎれに答えた。少し。ではなく、顔が赤くなっている。その表情に嫌な予感。
だから、近いって。と、喉元まで言葉が出かかった。
「そんなこといって、カップラばっかじゃないの? ダメだよ。ちゃんと野菜食べないと」
まるで母親のようなスイの説教は続く。スイは料理上手だし、若者にありがちな偏った食事のことは特に気になるらしい。確かに、N署の捜一強行犯係のゴミ箱の惨状を見ていると心配になるのも分かるが、そんなふうに親身になって心配してもらったら、スイに恋人がいると分かっていても、ころっと参ってしまわないだろうか。と、心配になる。それくらいにはスイは魅力的だ。
てか、近いよ。
「よかったら、簡単に作れて、野菜摂れるレシピ教えるからね」
こういうのを、大戦前の漫画で見たことがある。お節介なかわいい幼馴染が早朝から押しかけてきて、頼みもしないのに目覚まし代わりになってあげるヤツ。大体において、主人公はツン気取っているけれど、内心デレッデレなヤツだ。
そして、そんな漫画のヒロインのように大多数の男性諸氏が望む家庭的な奥さんの条件を完全再現してしまうのがスイである。
ユキは思う。
可愛くて。優しくて。控えめで。それでいて気を許した相手には押しが強くて。世話焼きで。料理がうまくて。意外とドジっ子で。いつでも自分のことを気にかけてくれる。
問題があるとすれば、かなりの天然で、無自覚に魅力を振りまいてしまうことくらいだ。いや、それすらも、スイの魅力の一つだ。
だから、そんな彼に心配してもらったら、特別な存在になれるんじゃないかと、誤解してしまうのが男の悲しい性である。ユキの心配した通り、手をそっと握って優しく微笑むスイに、セイジは顔を真っ赤にしてこくこく。と、頷いている。
セイジはスイがユキの。そして、あのアキの恋人だと知っているから、本気になるようなことはないだろうけれど、まんざらでもないのは顔を見ればわかった。
「セージさん」
だから、きっと、声はいつもにも増して低くなってしまっていたと思う。地の底で今にも吹き出しそうなマグマが滞留しているような響きだったとでも表現したらいいだろうか。
「そろそろ、仕事戻った方がいいんじゃない?」
その声と笑顔を見て、セイジは一瞬固まった。
それから、空気が読めない彼には珍しく、引きつった笑いを浮かべた。
「……そ。そうだ……な。忙しいし」
視線が高速泳法であちこちを泳ぎ回っている。そして、その視線の先に何かを見つけたようで、少しだけほっとした顔をした。
「あー。待ち合わせしてた同僚来たから、行くわ」
片手をあげてぎこちなく挨拶をして、セイジは背中を向けた。その歩みを進める先に同じくよれた安物のスーツを着たセイジと同年代の若者がいる。おそらく同僚というのは彼のことだろう。ユキはN署で見たことがある気がした。
その背中を見送る。
ちらり。と、スイの方を見ると、まだ少し心配そうな顔でセイジの後姿を見つめていた。
そう言って、スイはセイジを上から下まで観察した。
「セイジ君は大丈夫? 疲れてるみたいだけど。寝てないんじゃない?」
改めてセイジの有様に心配そうな表情になって、スイが言う。
「や。俺は。頑丈だし」
何故か、少し顔を赤くして、セイジが答える。
「いくら若いからって、無理しちゃダメだよ? ご飯は食べてる?」
そんなセイジにずい。と、顔を寄せて、その顔を覗き込んでから、スイが続けた。
近くない?
と、ツッコみの言葉は飲み込む。
本人が友人だと認めた人間に対して、スイはとことん面倒見がいい。もちろん、アキとユキは特別に扱ってはくれるけれど、仲がいいシロやナオに対して、少し、いや、かなり心配になるほど世話焼きになるのだ。そんなふうに心配してもらったら、相手によっては勘違いしてしまうんじゃないだろうか。きっとするだろう。
「え? はい。食べて……る? よ」
スイが顔を近づけてくるから、さらに顔を赤くして、セイジはとぎれとぎれに答えた。少し。ではなく、顔が赤くなっている。その表情に嫌な予感。
だから、近いって。と、喉元まで言葉が出かかった。
「そんなこといって、カップラばっかじゃないの? ダメだよ。ちゃんと野菜食べないと」
まるで母親のようなスイの説教は続く。スイは料理上手だし、若者にありがちな偏った食事のことは特に気になるらしい。確かに、N署の捜一強行犯係のゴミ箱の惨状を見ていると心配になるのも分かるが、そんなふうに親身になって心配してもらったら、スイに恋人がいると分かっていても、ころっと参ってしまわないだろうか。と、心配になる。それくらいにはスイは魅力的だ。
てか、近いよ。
「よかったら、簡単に作れて、野菜摂れるレシピ教えるからね」
こういうのを、大戦前の漫画で見たことがある。お節介なかわいい幼馴染が早朝から押しかけてきて、頼みもしないのに目覚まし代わりになってあげるヤツ。大体において、主人公はツン気取っているけれど、内心デレッデレなヤツだ。
そして、そんな漫画のヒロインのように大多数の男性諸氏が望む家庭的な奥さんの条件を完全再現してしまうのがスイである。
ユキは思う。
可愛くて。優しくて。控えめで。それでいて気を許した相手には押しが強くて。世話焼きで。料理がうまくて。意外とドジっ子で。いつでも自分のことを気にかけてくれる。
問題があるとすれば、かなりの天然で、無自覚に魅力を振りまいてしまうことくらいだ。いや、それすらも、スイの魅力の一つだ。
だから、そんな彼に心配してもらったら、特別な存在になれるんじゃないかと、誤解してしまうのが男の悲しい性である。ユキの心配した通り、手をそっと握って優しく微笑むスイに、セイジは顔を真っ赤にしてこくこく。と、頷いている。
セイジはスイがユキの。そして、あのアキの恋人だと知っているから、本気になるようなことはないだろうけれど、まんざらでもないのは顔を見ればわかった。
「セージさん」
だから、きっと、声はいつもにも増して低くなってしまっていたと思う。地の底で今にも吹き出しそうなマグマが滞留しているような響きだったとでも表現したらいいだろうか。
「そろそろ、仕事戻った方がいいんじゃない?」
その声と笑顔を見て、セイジは一瞬固まった。
それから、空気が読めない彼には珍しく、引きつった笑いを浮かべた。
「……そ。そうだ……な。忙しいし」
視線が高速泳法であちこちを泳ぎ回っている。そして、その視線の先に何かを見つけたようで、少しだけほっとした顔をした。
「あー。待ち合わせしてた同僚来たから、行くわ」
片手をあげてぎこちなく挨拶をして、セイジは背中を向けた。その歩みを進める先に同じくよれた安物のスーツを着たセイジと同年代の若者がいる。おそらく同僚というのは彼のことだろう。ユキはN署で見たことがある気がした。
その背中を見送る。
ちらり。と、スイの方を見ると、まだ少し心配そうな顔でセイジの後姿を見つめていた。
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