遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
383 / 414
Nc2t2C

4 街は火曜日 5

しおりを挟む
「……てか、それよりも」

 そう言って、スイはセイジを上から下まで観察した。

「セイジ君は大丈夫? 疲れてるみたいだけど。寝てないんじゃない?」

 改めてセイジの有様に心配そうな表情になって、スイが言う。

「や。俺は。頑丈だし」

 何故か、少し顔を赤くして、セイジが答える。

「いくら若いからって、無理しちゃダメだよ? ご飯は食べてる?」

 そんなセイジにずい。と、顔を寄せて、その顔を覗き込んでから、スイが続けた。

 近くない?
 と、ツッコみの言葉は飲み込む。
 本人が友人だと認めた人間に対して、スイはとことん面倒見がいい。もちろん、アキとユキは特別に扱ってはくれるけれど、仲がいいシロやナオに対して、少し、いや、かなり心配になるほど世話焼きになるのだ。そんなふうに心配してもらったら、相手によっては勘違いしてしまうんじゃないだろうか。きっとするだろう。

「え? はい。食べて……る? よ」

 スイが顔を近づけてくるから、さらに顔を赤くして、セイジはとぎれとぎれに答えた。少し。ではなく、顔が赤くなっている。その表情に嫌な予感。
 だから、近いって。と、喉元まで言葉が出かかった。

「そんなこといって、カップラばっかじゃないの? ダメだよ。ちゃんと野菜食べないと」

 まるで母親のようなスイの説教は続く。スイは料理上手だし、若者にありがちな偏った食事のことは特に気になるらしい。確かに、N署の捜一強行犯係のゴミ箱の惨状を見ていると心配になるのも分かるが、そんなふうに親身になって心配してもらったら、スイに恋人がいると分かっていても、ころっと参ってしまわないだろうか。と、心配になる。それくらいにはスイは魅力的だ。
 てか、近いよ。

「よかったら、簡単に作れて、野菜摂れるレシピ教えるからね」

 こういうのを、大戦前の漫画で見たことがある。お節介なかわいい幼馴染が早朝から押しかけてきて、頼みもしないのに目覚まし代わりになってあげるヤツ。大体において、主人公はツン気取っているけれど、内心デレッデレなヤツだ。
 そして、そんな漫画のヒロインのように大多数の男性諸氏が望む家庭的な奥さんの条件を完全再現してしまうのがスイである。
 ユキは思う。
 可愛くて。優しくて。控えめで。それでいて気を許した相手には押しが強くて。世話焼きで。料理がうまくて。意外とドジっ子で。いつでも自分のことを気にかけてくれる。
 問題があるとすれば、かなりの天然で、無自覚に魅力を振りまいてしまうことくらいだ。いや、それすらも、スイの魅力の一つだ。
 だから、そんな彼に心配してもらったら、特別な存在になれるんじゃないかと、誤解してしまうのが男の悲しい性である。ユキの心配した通り、手をそっと握って優しく微笑むスイに、セイジは顔を真っ赤にしてこくこく。と、頷いている。
 セイジはスイがユキの。そして、あのアキの恋人だと知っているから、本気になるようなことはないだろうけれど、まんざらでもないのは顔を見ればわかった。

「セージさん」

 だから、きっと、声はいつもにも増して低くなってしまっていたと思う。地の底で今にも吹き出しそうなマグマが滞留しているような響きだったとでも表現したらいいだろうか。

「そろそろ、仕事戻った方がいいんじゃない?」

 その声と笑顔を見て、セイジは一瞬固まった。
 それから、空気が読めない彼には珍しく、引きつった笑いを浮かべた。

「……そ。そうだ……な。忙しいし」

 視線が高速泳法であちこちを泳ぎ回っている。そして、その視線の先に何かを見つけたようで、少しだけほっとした顔をした。

「あー。待ち合わせしてた同僚来たから、行くわ」

 片手をあげてぎこちなく挨拶をして、セイジは背中を向けた。その歩みを進める先に同じくよれた安物のスーツを着たセイジと同年代の若者がいる。おそらく同僚というのは彼のことだろう。ユキはN署で見たことがある気がした。
 その背中を見送る。
 ちらり。と、スイの方を見ると、まだ少し心配そうな顔でセイジの後姿を見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です

処理中です...