遠くて近い世界で

司書Y

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4 街は火曜日 3

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 ユキには振り返る前から、声の主が誰なのかわかっていた。よく知っている声だったし、つい最近も何度も会っている人物だったから、その声を間違えようもなかったからだ。

「セージさん」

 名前を呼んだ相手・セイジは採算(?)度外視で友達と言える相手だ。けれど、それがたとえ誰だったとしても、今は会いたくなかった。親友と呼べるような相手でも、今は会いたくはない。
 ユキは基本的には社交的で友達と過ごすのが好きだから、大抵の用事なら友人を優先してもいいけれど、スイとの時間を邪魔されるのだけは勘弁してほしい。
 だから、少しだけ。ほんの少しだけ不機嫌な声になってしまっていたかもしれない。と、ユキは思う。
 しかし、振り返って、セイジの顔を見たら、そんな気分は失せてしまった。

「おう。こないだはありがとな」

 前に会ったのは確か、1週間ほど前だ。今もその余波は残っているが、そのころはキングスクラウンの事件の後片付けはまだ尾を引いていて、事情聴取やら提出書類やら追加の捜査やらで何かと呼び出されることが多かった。セイジに会った日も、アキに頼まれた書類を提出しに行って、N署で顔を合わせたのだった。その時も相変わらず忙しそうで、よれよれのスーツを着て、ぼさぼさの頭で、煙草の匂い(本人は喫煙しないのに)をさせていた。とはいえ、それは、通常運転の範囲内だったと思う。

「あ。うん。……大丈夫?」

 しかし、今日は、少し度が過ぎていた。
 スーツのよれよれ加減も、髪のぼさぼさ度もいつもよりも酷い。目の下にはくっきりと隈ができているし、顔色も悪い。心なしか、頬もこけているようだ。明らかにオーバーワークが見て取れる。

「ああ……や。うん。ちょっと、忙しくて。な」

 ユキの心配する表情と言葉に、セイジは力ない笑顔を返す。口には出さないけれど『それ絶対大丈夫じゃないやつじゃん?』と、思う。

「もしかして……例の事件?」

 ユキと同じように心配そうな顔でスイが問う。『例の事件』。という言葉には、ユキもすぐにピンときた。

「うん」

 この街では事件など日常茶飯事だ。
 軽微な窃盗や迷惑行為はおろか、傷害事件程度でもよほどの重症でなければ、調書を取っておしまい。捜査すらしてもらえない。
 もちろん、警察はそれでよいと思っているわけではないけれど、実際問題として事件が多すぎて人手が足りていないのだ。だから、必然的に刑事が本格的に捜査しているのは重大事件ばかりだ。
 その中でも最近この街を騒がせているのは陰惨な事件だった。
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