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4 街は火曜日 2
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「映画。意外と面白かったね」
ふふ。と、隣で小さく微笑む人。綺麗な翠色の髪を後ろで束ねて、翡翠の色の目がユキを見ている。
今日が、火曜日だということをじっくりと噛み締める。スイとアキとユキ。三人で決めたルールではユキがスイを独り占めできる日。仕事では散々な思いをしたけれど、スイはいつになく上機嫌だった。
二人で映画の時間までセレクトショップのショーケースをひやかして、スイに夏物のサンダルをプレゼントして、お返しにTシャツをプレゼントしてもらう。それから、騒がしい米国の映画を見て外へと出ると、すでに空は暗くなっていた。季節が夏に向かって、涼し気な青いLEDに照らされた街並みをスイと並んで歩く。予定ではカフェでスイーツを食べようと思っていたけれど、すでにおやつというには遅すぎたし、今日はもうカフェはこりごりだと思うユキの意見にスイも賛成してくれた。ケーキを見るだけでも胸焼けしそうだ。
「うん。ばっかみたいで面白かった」
スイの問いかけにユキは映画のワンシーンを思い出し、笑いをこらえながら答えた。
映画の余韻なのか、スイもいつもよりも笑顔が屈託ない。いつもはすごく大人っぽいのに、こんな風に不意に見せる少年のような笑顔がずるい。目が離せないくなる。今すぐに抱きしめたい。でも、さすがに大通りの真ん中でそれはできないから、代わりにユキはその手を握った。
「つないでて、いい?」
こそ。っと、耳元に問いかける。事後承諾だけど、スイはきっとダメとは言わないと、わかっていた。
「ん」
小さく答えて、スイが手を握り返してくれる。
付き合い始めの頃は、スイは街中で手を繋ぐことをかなり恥ずかしがった。しばらくの間ユキはそれを同性カップルなのを引け目に感じているのかと思っていた。しかし、話してみるとそれは誤解で、本当は単に人前でいちゃつくのが恥ずかしかっただけだった。
スイは女の子どころか、親とも手を繋いで歩いたことなどない。と言う。そして、手を繋いで街を歩くのはユキが初めてだと言われて、複雑ながら嬉しかった。
どんなことだとしても、スイの初めてを貰えるのは嬉しい。けれど、誰かと、保護者とすら、手を繋いで歩いたことがないのは多分普通ではない。幼いころに親元を離れたユキでさえ家族と手を繋いで歩いた記憶はある。もちろん、相手はアキだ。父や母の優しい記憶など一つもないが、ユキにはアキがいた。けれど、スイには誰もいなかった。それが悲しい。そんな生い立ちを淡々と語るスイが悲しいと、思った。
「ユキ君の手は……」
ユキの腕に寄り添うようにして、スイが言う。
じっと、その翠の瞳が握り合った手を見ていた。その横顔を見ていると、手だけではなく、胸がぎゅ。と、握られたように感じる。
「大きいね」
スイがユキの顔を見て微笑む。幸せそうな笑顔だった。
守りたいと。心から思う。
彼のこれまでの人生は平坦な道のりではなかった。それどころか、辛いことばかりだった。だから、これからの道のりは幸せだけがあればいい。
「スイさんの手は。綺麗だ」
握ったスイの手の甲にキスをする。
スイの幸せを守るのは兄と自分の役目だと強く思う。誰にもその権利は渡したくない。渡さない。
繋いだ手を自分からは絶対離さないと決めた。
「……綺麗って」
少し困ったような顔をしてから、何か反論しようと、スイは口を開きかけた。
「綺麗なの」
けれど、ユキは言い切って、スイの言葉を遮った。スイがどう思っていようとも、ユキにとってはほかのどの生き物の手よりもスイの手は綺麗だし、それは、形とか肌質とかそういう問題ではない。
「世界で一番好きな人の手が、世界で一番綺麗に見えるのは当たり前なの」
だから、ユキはスイがどんなに否定しようとも言うのだ。それが、世界の真理だと。
「……ありがと」
ユキの答えに少し頬を染めて、照れたように視線を逸らしてスイが言う。きっと、『綺麗』と褒められたことにではなく、『好き』と言われたことにお礼を言ったのだろう。その表情は堪らないくらいに可愛い。やっぱり、今すぐに抱きしめたいくらいだ。
「ねえ。スイさん……」
ユキがスイを独り占めできる時間は多くない。兄とスイと三人で過ごす時間もユキは大好きだけれど、二人きりの時間は貴重だ。だから、少しも無駄にはしたくなくて、ユキは心に決めていたことを話そうとした。
「あれ? ユキ? と、スイさん?」
なんとなく。本当になんとなくだけれど、そんな気はしていた。きっと、邪魔が入るんじゃないかという確信めいた思い。けれど、そんなはずがないと否定をしたかったのも事実だ。
邪魔をされるのが運命なんて思いたくない。
不意に後ろから声をかけられて、それでも、無視はできずにユキは振り返った。
ふふ。と、隣で小さく微笑む人。綺麗な翠色の髪を後ろで束ねて、翡翠の色の目がユキを見ている。
今日が、火曜日だということをじっくりと噛み締める。スイとアキとユキ。三人で決めたルールではユキがスイを独り占めできる日。仕事では散々な思いをしたけれど、スイはいつになく上機嫌だった。
二人で映画の時間までセレクトショップのショーケースをひやかして、スイに夏物のサンダルをプレゼントして、お返しにTシャツをプレゼントしてもらう。それから、騒がしい米国の映画を見て外へと出ると、すでに空は暗くなっていた。季節が夏に向かって、涼し気な青いLEDに照らされた街並みをスイと並んで歩く。予定ではカフェでスイーツを食べようと思っていたけれど、すでにおやつというには遅すぎたし、今日はもうカフェはこりごりだと思うユキの意見にスイも賛成してくれた。ケーキを見るだけでも胸焼けしそうだ。
「うん。ばっかみたいで面白かった」
スイの問いかけにユキは映画のワンシーンを思い出し、笑いをこらえながら答えた。
映画の余韻なのか、スイもいつもよりも笑顔が屈託ない。いつもはすごく大人っぽいのに、こんな風に不意に見せる少年のような笑顔がずるい。目が離せないくなる。今すぐに抱きしめたい。でも、さすがに大通りの真ん中でそれはできないから、代わりにユキはその手を握った。
「つないでて、いい?」
こそ。っと、耳元に問いかける。事後承諾だけど、スイはきっとダメとは言わないと、わかっていた。
「ん」
小さく答えて、スイが手を握り返してくれる。
付き合い始めの頃は、スイは街中で手を繋ぐことをかなり恥ずかしがった。しばらくの間ユキはそれを同性カップルなのを引け目に感じているのかと思っていた。しかし、話してみるとそれは誤解で、本当は単に人前でいちゃつくのが恥ずかしかっただけだった。
スイは女の子どころか、親とも手を繋いで歩いたことなどない。と言う。そして、手を繋いで街を歩くのはユキが初めてだと言われて、複雑ながら嬉しかった。
どんなことだとしても、スイの初めてを貰えるのは嬉しい。けれど、誰かと、保護者とすら、手を繋いで歩いたことがないのは多分普通ではない。幼いころに親元を離れたユキでさえ家族と手を繋いで歩いた記憶はある。もちろん、相手はアキだ。父や母の優しい記憶など一つもないが、ユキにはアキがいた。けれど、スイには誰もいなかった。それが悲しい。そんな生い立ちを淡々と語るスイが悲しいと、思った。
「ユキ君の手は……」
ユキの腕に寄り添うようにして、スイが言う。
じっと、その翠の瞳が握り合った手を見ていた。その横顔を見ていると、手だけではなく、胸がぎゅ。と、握られたように感じる。
「大きいね」
スイがユキの顔を見て微笑む。幸せそうな笑顔だった。
守りたいと。心から思う。
彼のこれまでの人生は平坦な道のりではなかった。それどころか、辛いことばかりだった。だから、これからの道のりは幸せだけがあればいい。
「スイさんの手は。綺麗だ」
握ったスイの手の甲にキスをする。
スイの幸せを守るのは兄と自分の役目だと強く思う。誰にもその権利は渡したくない。渡さない。
繋いだ手を自分からは絶対離さないと決めた。
「……綺麗って」
少し困ったような顔をしてから、何か反論しようと、スイは口を開きかけた。
「綺麗なの」
けれど、ユキは言い切って、スイの言葉を遮った。スイがどう思っていようとも、ユキにとってはほかのどの生き物の手よりもスイの手は綺麗だし、それは、形とか肌質とかそういう問題ではない。
「世界で一番好きな人の手が、世界で一番綺麗に見えるのは当たり前なの」
だから、ユキはスイがどんなに否定しようとも言うのだ。それが、世界の真理だと。
「……ありがと」
ユキの答えに少し頬を染めて、照れたように視線を逸らしてスイが言う。きっと、『綺麗』と褒められたことにではなく、『好き』と言われたことにお礼を言ったのだろう。その表情は堪らないくらいに可愛い。やっぱり、今すぐに抱きしめたいくらいだ。
「ねえ。スイさん……」
ユキがスイを独り占めできる時間は多くない。兄とスイと三人で過ごす時間もユキは大好きだけれど、二人きりの時間は貴重だ。だから、少しも無駄にはしたくなくて、ユキは心に決めていたことを話そうとした。
「あれ? ユキ? と、スイさん?」
なんとなく。本当になんとなくだけれど、そんな気はしていた。きっと、邪魔が入るんじゃないかという確信めいた思い。けれど、そんなはずがないと否定をしたかったのも事実だ。
邪魔をされるのが運命なんて思いたくない。
不意に後ろから声をかけられて、それでも、無視はできずにユキは振り返った。
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