遠くて近い世界で

司書Y

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3 勝者は嗤う 4

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 ぴぴぴぴぴ。

 代議士が言いかけたところで電子音が鳴り響いた。

「時間だ」

 そう言ったのは、フロアのリーダーをしていたハウンドだった。
 そして、彼はつかつか。と、歩いて行って、店の入り口におろされていたロールカーテンを開けた。ガラス張りの両開きのドアの向こうには制服を着た警官の姿がある。
 彼は、代議士に許可も取らずにそのガラス戸の鍵を開ける。それから、立っていた警察官に一礼をして話し始めた。

「ご苦労様です。引継ぎ開始します」

 彼が指示を出すと、近くにいた彼の事務所に所属しているハウンドが駆け寄ってきて、タブレットを片手に警察官と話を始める。

「おいまて!」

 その様子に慌てたように、代議士はリーダーに向かって怒鳴った。声はさっきと同様に恫喝するようだったけれど、前のような威圧感がない。

「我々は所詮『泥水に足を突っ込んだ』ハウンドですから。時間が来たら契約は終了です」

 だから。というわけではないだろう。元々、この代議士の恫喝など彼にとっては大した効力などなかったはずだ。代議士が言っていた言葉を論ってそんな返事を返す。

「なんだと? 俺を誰だと……」

 きっと、彼の周りには、言いなりになるような人間しかいないのだろう。恫喝に一歩も引かないばかりか、きっぱりと言い切られて、代議士の勢いが萎む。そして、テンプレ通りの言葉を口にしようとした。

「誰でも同じだ。ここにいるのは、三流のハウンドじゃない。たかが政治家に睨まれるくらいどうってことないんだよ」

 その言葉にため息がかぶさる。もう、いい加減にしろよ。と、言いたげな表情。
 元々、ハウンドは裏稼業の人間だ。表の仕事に思い入れがあるわけでもない。政治家がダメでも雇ってくれる相手には事欠かない。リーダー役をしていたハウンドの彼は優秀な人材だ。ここで得た情報を垂れ流すような真似はしないけれど、代議士の敵対組織なら喜んで彼を雇ってくれる。

「……な」

 仕事中とは打って変わって不遜な態度に当惑したように代議士は言葉を失った。
 情報をリークしないことも、請け負った仕事はきっちりこなすことも、ハウンドにとって当たり前のことだ。ただ、何度も言ってきたように、ハウンドは裏稼業。どんなに評判が良くても、お上品にはできていない。

「『田中』君。不快な思いをさせて申し訳なかったね。時間押してた? 報告書は後日でいいよ?」

 代議士が言葉を失ったのをいいことに、無視を決め込んで、リーダーはスイを振り返った。それから、ちらり。と、アキの方を覗き見る。アキがぎろり。と、ねめつけるものだから『こわ』と、小さく呟いて、首を竦めた。何度か仕事を共にしたことがあるリーダーのことをアキは。いや、ユキもよく知っている。彼は普段は、カズと名乗っていた。キングスクラウンの事件の時にも一緒になったハウンドだ。

「ありがとうございます。報告書は事務所にお届けしますね?」

 カズの言葉にゆったりと微笑んで、スイが答える。スイも彼のことは気に入っているようだ。だから、きっと、彼にも迷惑をかけたくなくて、スイは抵抗しなかったのだろう。

「圧力かけられて事務所かえちゃうかもよ?」

 にやり。と、笑ってカズが言う。後ろの代議士はまだ、ギャーギャーと何かを喚いているが、警察官と共に入ってきた秘書がなだめている。

「大丈夫ですよ。圧力なんてかけさせませんから」

「え?」

 カズの軽口に今日一の清々しい笑顔を浮かべて、スイが言う。

「アキ君。ユキ君。帰ろ」

 それから、アキとユキを振り返って彼は言った。

「うん」

 ユキは答える。アキも微妙な表情を浮かべていた。
 その笑顔の意味にカズが気付くのはもう少し後になるだろうと、ユキは思う。
 これは、スイが極上で特上で最悪の悪戯を思いついた時の笑顔だ。
 そして、それに気づいているのはきっと、アキとユキだけなのだ。

「あ。そだ」

 ユキの背を押して、アキの方へと歩き始めたスイは、ふと、立ち止まる。
 それから、まだ何かを言おうとしている代議士の方に顔を向けた。

「大事な秘密を隠す場所は、マスターキーで開くようにしちゃ意味ないですよ?」

 そう言って、黒服の小悪魔は意地悪く笑ったのだった。
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