377 / 414
Nc2t2C
3 勝者は嗤う 3
しおりを挟む
「お前。田中とかいったな」
キャバ嬢の叫び声は脅しから、謝罪へ。それから、哀願へと変わったけれど、ドアが閉まると、ほとんど何を言っているのか聞こえなくなった。代わりに低い声で代議士が問う。
「はい」
顔色を変えることなくスイが答える。
けれど、ユキにはなんとなくわかった。
あ。スイさん本気で怒ってる。
と。
別にキャバ嬢に対する冷たい扱いを怒っているわけではないだろう。あれは、彼女の方が悪い。
どちらが命令を下す主なのか弁えないなんて大物代議士が通う高級クラブのキャストとしては躾が行き届いていない。客の顔色も窺えないのは致命的だ。
けれど、スイが今の代議士の行動で、彼に対する嫌悪感が倍増したのは間違いない。
「さっきのはどういう意味だ?」
『さっきの』というのは、おそらくスイがさっき彼に耳打ちした何かだろう。赤ちゃん言葉でキャバ嬢に甘えるのは法に触れるわけではない。浮気だったとしても、謝って数年大人しくしていれば済む問題だ。けれど、スイが囁いたのは、きっと、彼の政治生命に、あるいは生物としての命に手が届く情報だ。
「言葉通りの意味です」
そして、スイはその情報を身を護るための脅しではなく、代議士の命を奪う攻撃の手段として使うことを決めたようだ。
「ところで。デートが終わられたのでしたら……」
そう言って、スイは腕時計を確認する。つられてユキも時計を見ると、時刻は既に15時近かった。
「予備の待機時間は15時までの契約ですので、そろそろ本職の方に引継ぎさせていただきます」
元々、デートの終了後には警察に警備を引き渡す予定だった。本来ならその予定時刻は12時。状況に応じて最大で15時まで拘束時間が伸びるという契約だが、その契約満了時刻もすでに目前だ。あくまでビジネスである上に、代議士本人に命の危険があるような状況にはないから、警備の引継ぎはすぐにでも可能だった。
だから、スイの言葉には契約上も道義上も問題はない。
「俺に話は終わっておらん! 貴様。さっきの話をどこで……」
苛立ったように声を荒げて、代議士はスイに向かって手を伸ばした。今度こそ、ユキがその二人の間に入って、代議士の手を阻む。代議士の手を背中で止めるような形で。だ。あくまで、形上は代議士を守っているような格好になる。これなら、スイも、ユキも咎めを受けることはない。
「危険です。迂闊に手を出すと訓練されたハウンドは思わず反撃をしてしまうかもしれませんよ?」
背中に庇うような格好で代議士に声をかけてから、スイの顔を見ると、少し驚いた顔をしてユキを見てから、くすり。と、楽しそうな笑顔を浮かべた。
「どけ! 俺は、そいつに話が……」
キャバ嬢の叫び声は脅しから、謝罪へ。それから、哀願へと変わったけれど、ドアが閉まると、ほとんど何を言っているのか聞こえなくなった。代わりに低い声で代議士が問う。
「はい」
顔色を変えることなくスイが答える。
けれど、ユキにはなんとなくわかった。
あ。スイさん本気で怒ってる。
と。
別にキャバ嬢に対する冷たい扱いを怒っているわけではないだろう。あれは、彼女の方が悪い。
どちらが命令を下す主なのか弁えないなんて大物代議士が通う高級クラブのキャストとしては躾が行き届いていない。客の顔色も窺えないのは致命的だ。
けれど、スイが今の代議士の行動で、彼に対する嫌悪感が倍増したのは間違いない。
「さっきのはどういう意味だ?」
『さっきの』というのは、おそらくスイがさっき彼に耳打ちした何かだろう。赤ちゃん言葉でキャバ嬢に甘えるのは法に触れるわけではない。浮気だったとしても、謝って数年大人しくしていれば済む問題だ。けれど、スイが囁いたのは、きっと、彼の政治生命に、あるいは生物としての命に手が届く情報だ。
「言葉通りの意味です」
そして、スイはその情報を身を護るための脅しではなく、代議士の命を奪う攻撃の手段として使うことを決めたようだ。
「ところで。デートが終わられたのでしたら……」
そう言って、スイは腕時計を確認する。つられてユキも時計を見ると、時刻は既に15時近かった。
「予備の待機時間は15時までの契約ですので、そろそろ本職の方に引継ぎさせていただきます」
元々、デートの終了後には警察に警備を引き渡す予定だった。本来ならその予定時刻は12時。状況に応じて最大で15時まで拘束時間が伸びるという契約だが、その契約満了時刻もすでに目前だ。あくまでビジネスである上に、代議士本人に命の危険があるような状況にはないから、警備の引継ぎはすぐにでも可能だった。
だから、スイの言葉には契約上も道義上も問題はない。
「俺に話は終わっておらん! 貴様。さっきの話をどこで……」
苛立ったように声を荒げて、代議士はスイに向かって手を伸ばした。今度こそ、ユキがその二人の間に入って、代議士の手を阻む。代議士の手を背中で止めるような形で。だ。あくまで、形上は代議士を守っているような格好になる。これなら、スイも、ユキも咎めを受けることはない。
「危険です。迂闊に手を出すと訓練されたハウンドは思わず反撃をしてしまうかもしれませんよ?」
背中に庇うような格好で代議士に声をかけてから、スイの顔を見ると、少し驚いた顔をしてユキを見てから、くすり。と、楽しそうな笑顔を浮かべた。
「どけ! 俺は、そいつに話が……」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。


【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜
高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる