遠くて近い世界で

司書Y

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3 勝者は嗤う 3

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「お前。田中とかいったな」

 キャバ嬢の叫び声は脅しから、謝罪へ。それから、哀願へと変わったけれど、ドアが閉まると、ほとんど何を言っているのか聞こえなくなった。代わりに低い声で代議士が問う。

「はい」

 顔色を変えることなくスイが答える。
 けれど、ユキにはなんとなくわかった。

 あ。スイさん本気で怒ってる。

 と。
 別にキャバ嬢に対する冷たい扱いを怒っているわけではないだろう。あれは、彼女の方が悪い。
 どちらが命令を下す主なのか弁えないなんて大物代議士が通う高級クラブのキャストとしては躾が行き届いていない。客の顔色も窺えないのは致命的だ。
 けれど、スイが今の代議士の行動で、彼に対する嫌悪感が倍増したのは間違いない。

「さっきのはどういう意味だ?」

『さっきの』というのは、おそらくスイがさっき彼に耳打ちした何かだろう。赤ちゃん言葉でキャバ嬢に甘えるのは法に触れるわけではない。浮気だったとしても、謝って数年大人しくしていれば済む問題だ。けれど、スイが囁いたのは、きっと、彼の政治生命に、あるいは生物としての命に手が届く情報だ。

「言葉通りの意味です」

 そして、スイはその情報を身を護るための脅しではなく、代議士の命を奪う攻撃の手段として使うことを決めたようだ。

「ところで。デートが終わられたのでしたら……」

 そう言って、スイは腕時計を確認する。つられてユキも時計を見ると、時刻は既に15時近かった。

「予備の待機時間は15時までの契約ですので、そろそろ本職の方に引継ぎさせていただきます」

 元々、デートの終了後には警察に警備を引き渡す予定だった。本来ならその予定時刻は12時。状況に応じて最大で15時まで拘束時間が伸びるという契約だが、その契約満了時刻もすでに目前だ。あくまでビジネスである上に、代議士本人に命の危険があるような状況にはないから、警備の引継ぎはすぐにでも可能だった。
 だから、スイの言葉には契約上も道義上も問題はない。

「俺に話は終わっておらん! 貴様。さっきの話をどこで……」

 苛立ったように声を荒げて、代議士はスイに向かって手を伸ばした。今度こそ、ユキがその二人の間に入って、代議士の手を阻む。代議士の手を背中で止めるような形で。だ。あくまで、形上は代議士を守っているような格好になる。これなら、スイも、ユキも咎めを受けることはない。

「危険です。迂闊に手を出すと訓練されたハウンドは思わず反撃をしてしまうかもしれませんよ?」

 背中に庇うような格好で代議士に声をかけてから、スイの顔を見ると、少し驚いた顔をしてユキを見てから、くすり。と、楽しそうな笑顔を浮かべた。

「どけ! 俺は、そいつに話が……」
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