374 / 414
Nc2t2C
2 見せつけられるだけの簡単なお仕事 6
しおりを挟む
「何か?」
その最低限の一言に背筋が凍るような嫌悪が込められているのだと、ユキにはわかる。スイは本当に嫌なことがあると全くの無表情になる。嫌なことを淡々となるべく早く通り過ぎてしまおうとしているのだ。
「名前は?」
そんなスイの心情などお構いなしに代議士は問うた。
「田中と申します」
スイは答えた。
もちろん、『田中』は偽名だ。ハウンドをしているものは仕事中、偽名を使っているものも多いから、規約に違反しているようなことはないし、文句を言われる筋合いはない。だから、きっと、スイが呼ばれているのは偽名のことを指摘するためではないはずだ。
「歳は?」
代議士の視線がスイの上から下までを値踏みするように移動する。ぎり。と、聞こえた音は、アキが奥歯を嚙み締めた音だったのだろうか。
「その質問にお答えするのは、業務上必要なことでしょうか?」
「私が聞いているんだ。君は質問に答えればいい」
スイの答えに被せるようにして、代議士は言った。びりびり。と、窓ガラスが震えそうなほど、威厳のある声だ。さっきまで水商売の女に甘えていたジジイと同じ人物とは思えない。それは政界の中心部までのし上がった政治家に相応しい声だった。
「泥水に足を突っ込んだような連中が明るい街の中を歩けるのが誰のおかげだと思っているんだ? 特殊業務? 規制をかけるのはさぞかし簡単だろうな」
く。と、代議士は喉の奥で笑う。
確かにハウンドなど汚れ仕事だ。政治家がその気になれば、昼間の街を堂々と歩けなくなる立場だとはわかっている。
「28歳です」
表情を変えないまま、スイは答えた。それでも、スイはそんな脅しに屈したわけではない。政治家に圧力をかけられるくらい、きっと、スイにとっては電車で隣に座った若者のイヤホンから多少音漏れしている程度にしか気になりはしないだろう。
それでも彼が質問に偽りなく答えたのは、その代議士が電車で隣に座った若者と同じで、目的地に着いたらいなくなると分かっているからだ。
「28? 嘘をつくな。未成年か? サングラスを外して見せろ」
しかし、スイがどれくらい自分のことを蔑んでいるかなど気付きもせず、彼が思い通り返事をしたことに満足したように代議士は笑う。嫌な笑い方だ。確かにスイは童顔だけれど、さすがにスーツを着ていて未成年に見えることはない。おそらく、これはただの嫌がらせだ。
びり。と、空気に氷の粒が混ざったような感覚がした。
殺気だ。
と、思う。触れたらそれだけで真っ二つになりそうな抜身の刃のような気配。
横に視線を移すと、アキがサングラスに手をかけている。アキは護衛や警備の仕事の時は必ずサングラスをかけている。視線を悟られないためだ。それを外そうとしている意味をユキは正確に理解していたし、知らず知らずのうちに掌に爪の跡がくっきり残るほど、自分が拳を握り締めていたのだと、その時に気付いた。
しかし、す。と、スイの手が一瞬アキの方へ向いた。それは、彼がサングラスを外す所作の中に入り込んでいたのだけれど、アキへのメッセージだとアキもユキも気付いた。それから、やはりサングラスを外す動作の中に紛れ込むような形で彼は二人に視線を送る。そして、その口が小さく動いた。
だいじょうぶ。
サングラスを外すと、その翡翠の色の目が露になった。
その最低限の一言に背筋が凍るような嫌悪が込められているのだと、ユキにはわかる。スイは本当に嫌なことがあると全くの無表情になる。嫌なことを淡々となるべく早く通り過ぎてしまおうとしているのだ。
「名前は?」
そんなスイの心情などお構いなしに代議士は問うた。
「田中と申します」
スイは答えた。
もちろん、『田中』は偽名だ。ハウンドをしているものは仕事中、偽名を使っているものも多いから、規約に違反しているようなことはないし、文句を言われる筋合いはない。だから、きっと、スイが呼ばれているのは偽名のことを指摘するためではないはずだ。
「歳は?」
代議士の視線がスイの上から下までを値踏みするように移動する。ぎり。と、聞こえた音は、アキが奥歯を嚙み締めた音だったのだろうか。
「その質問にお答えするのは、業務上必要なことでしょうか?」
「私が聞いているんだ。君は質問に答えればいい」
スイの答えに被せるようにして、代議士は言った。びりびり。と、窓ガラスが震えそうなほど、威厳のある声だ。さっきまで水商売の女に甘えていたジジイと同じ人物とは思えない。それは政界の中心部までのし上がった政治家に相応しい声だった。
「泥水に足を突っ込んだような連中が明るい街の中を歩けるのが誰のおかげだと思っているんだ? 特殊業務? 規制をかけるのはさぞかし簡単だろうな」
く。と、代議士は喉の奥で笑う。
確かにハウンドなど汚れ仕事だ。政治家がその気になれば、昼間の街を堂々と歩けなくなる立場だとはわかっている。
「28歳です」
表情を変えないまま、スイは答えた。それでも、スイはそんな脅しに屈したわけではない。政治家に圧力をかけられるくらい、きっと、スイにとっては電車で隣に座った若者のイヤホンから多少音漏れしている程度にしか気になりはしないだろう。
それでも彼が質問に偽りなく答えたのは、その代議士が電車で隣に座った若者と同じで、目的地に着いたらいなくなると分かっているからだ。
「28? 嘘をつくな。未成年か? サングラスを外して見せろ」
しかし、スイがどれくらい自分のことを蔑んでいるかなど気付きもせず、彼が思い通り返事をしたことに満足したように代議士は笑う。嫌な笑い方だ。確かにスイは童顔だけれど、さすがにスーツを着ていて未成年に見えることはない。おそらく、これはただの嫌がらせだ。
びり。と、空気に氷の粒が混ざったような感覚がした。
殺気だ。
と、思う。触れたらそれだけで真っ二つになりそうな抜身の刃のような気配。
横に視線を移すと、アキがサングラスに手をかけている。アキは護衛や警備の仕事の時は必ずサングラスをかけている。視線を悟られないためだ。それを外そうとしている意味をユキは正確に理解していたし、知らず知らずのうちに掌に爪の跡がくっきり残るほど、自分が拳を握り締めていたのだと、その時に気付いた。
しかし、す。と、スイの手が一瞬アキの方へ向いた。それは、彼がサングラスを外す所作の中に入り込んでいたのだけれど、アキへのメッセージだとアキもユキも気付いた。それから、やはりサングラスを外す動作の中に紛れ込むような形で彼は二人に視線を送る。そして、その口が小さく動いた。
だいじょうぶ。
サングラスを外すと、その翡翠の色の目が露になった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

神子は再召喚される
田舎
BL
??×神子(召喚者)。
平凡な学生だった有田満は突然異世界に召喚されてしまう。そこでは軟禁に近い地獄のような生活を送り苦痛を強いられる日々だった。
そして平和になり元の世界に戻ったというのに―――― …。
受けはかなり可哀そうです。

彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる