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司書Y

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2 見せつけられるだけの簡単なお仕事 4

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「はい。ちーちゃん。あーんして♡」

 岩尾千万蔵(72)。数々の大臣を歴任してきた政界の暴れん坊の異名を持つ、現職の副首相。愛称はちーちゃん。の前にフォークに刺したケーキが差し出された。

「あーん」

 気持ち悪いくらいに満面の笑みを浮かべるジジイの口に『改造費いくらくらいかかってます?』と、聞きたくなるようなご立派なものを申し訳程度のチューブトップで隠した28歳(店では22歳とサバを読んでいる)の飲食店店員。いや、もう面倒くさいのでキャバ嬢と言ってしまおう。がケーキを押し込む。

「おいちぃでちゅか?」

 ケーキに負けないくらいの甘ったるい声でキャバ嬢は尋ねた。手つきが事務的というか、ジジイの口に食品を詰め込むだけの簡単なお仕事です。みたいになっているように見えるのは気のせいだろうか。

「うん。おいちぃ」

 もちゃもちゃ。と、咀嚼の間、代議士が答える。
 きっと、ユキの気のせいではないだろう。ただ、介護の手際はともかく、キャバ嬢の営業用スマイルは完璧だ。最早職人芸の域に達している。

「あー。ちーちゃん。ダメじゃない。お口の周り。汚れてまちゅよ?」

 そう言って、キャバ嬢はくしゃくしゃに丸めた紙ナプキンで代議士の顔を拭こうとした。

「やだやだあ。姫ちゃんがきれいにして」

 駄々をこねるようにじたばた。と、代議士が暴れる。
 一瞬。ほんの一瞬だけだが、キャバ嬢の笑顔が何か別の恐ろしい感情に変わる。たとえて言うなら、イベント後の繁華街の電柱わきの地面にぶちまけられているリバースオブジェクトを見ているような表情。

「もう。ちーちゃんは甘えっこねえ」

 しかし、それは刹那の瞬間で、代議士の向かい側に座っていたキャバ嬢はす。と、立って、代議士の隣に座り直して、その頬をぺろり。と、舐めた。顔は判で押したような笑顔である。

「ほら。綺麗になった♡」

 それから、つん。と、代議士の頬を突っついた。

 なにこれ?

 ユキは辛うじて声に出すのだけは、抑えた。けれど、きっと、表情には出ていたと思う。
 隣に立っているアキの顔にも明らかに同じ感情がはみ出してしまっている。おそらくは、部屋にいるすべての人間が同じことを考えているだろう。

 いい加減にしてくれ。

 と。
 この調子で朝からずっと、見たくもないやり取りを見せられているのだ。
 さすがにこの痴態を警察関係者には見せられないと理解できるくらいの分別はあったらしく、そこそこ名が売れて、信頼もあるハウンドにお声がかかった。警察に代わって、ちーちゃんを守るのが依頼内容だ。
 リスクの程度はそれほど高くない。コレに対する口止め料も含んだ報酬も決して安い額ではない。倫理的にもまあ、ユキたちにとっては問題はあまりない(?)。だから、引き受けた仕事なのだが、開始15分ですでにユキはうんざりしていた。

 72歳のおじいちゃんの赤ちゃん言葉はもちろんだが、スキをついて28歳のおねーちゃんのほうが色目を使ってくるのだ。いや、もしかしたら、ユキを見ているというのは自意識過剰で色目を使っている相手は隣にいるアキなのかもしれない。アキはその辺に転がっている安っぽいイケメンとはわけが違う。
 ただ、転びそうになったふりをしてべたべた。と、触ってきたり、わざとらしく横を通り過ぎるときに胸元を開けて見せたり、ジジイが横を向いているスキに意味ありげな視線を送ってきたり。最初の内はアキに送っていたアピールをアキが完全に無表情でスルーするものだから、次第に興味が横にいた自分に移ってきている気がする。『可哀想に』と、同情で愛想笑いを返してしまったのが運の尽きだったのかもしれない。

 とはいえ、この手の仕事ではこういうことは珍しくない。
 女性代議士の警護でなかったことが幸運なくらいだ。この仕事が終われば二度と会うこともないだろう。

 だから、問題はそこではない。
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