遠くて近い世界で

司書Y

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Nc2t2C

1 サミシイ 5

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「今日。仕事。お昼には終わる予定だし、そのあと、どうする?」

 スイが兄であるアキと弟ユキの両方と恋人同士になると決めたあと、3人で幸せになるためにルールを決めようと提案したのはアキだ。繊細で、真面目で、几帳面な兄らしい。スイはすぐにそれに賛成したし、ユキはそんなものなくてもいいと思ったけれど反対はしなかった。
 ルールを提案するのはスイが多かったけれど、それはほとんどがアキとユキのためのもので、彼自身は二人が快適に生活してほしいと望んでるのだと分かる。多分、スイは三人で過ごす時間が好きだ。それでも、主に兄アキの主張で二人のうちの一人だけと共に過ごす日を決めることに反対はしなかった。初めはユキも二人きりの時間を必ずしも区切っておく必要などないと思っていた。
 けれど、それが間違いだったと気付いたのは、付き合い始めてすぐだ。

「デートしたい」

 甘い香りがするスイの首筋に顔を埋めて、ユキが答える。吐息がくすぐったいのかスイは首を竦めたけれど、そのまま腕の中にいてくれた。
 スイは付き合い始めてそれほど経たないころに、兄と関係を持った。
 それがユキにはすぐにわかった。スイが見違えるくらいに綺麗になったからだ。
 もちろん、嫉妬はした。まだ、自分が触れられないスイの全部を先に手に入れた兄が心底羨ましかった。
 それから、思った。ユキはアキのように上手にスイをリードすることなんてまだできない。スイのすべてを包み込めるような包容力もなければ、スイを納得させるだけの生活能力もない。
 それが全部わかっていたから、アキは二人きりの時間を邪魔しないというルールを提案したのだ。アキは誰よりもスイを愛しているし、スイのためならユキを失うことも厭わないだろう。それでも、三人でいられるというスイがくれた奇跡を誰よりも大切に思っているのも、アキだ。

「ん。いーよ。そうしよ」

 細くてきれいな指先が頭を優しく撫でる。そんなふうに頭を撫でられるだけで嫌なことは大体忘れられる。さっきまで引きずっていた夢の余韻などもうどこにも残っていない。
 甘やかされているのは分かっている。スイからも。もちろん、アキからも。
 それでも、心の底から楽しそうにユキの世話を焼いてくれるスイと、そんなスイの姿を見るのが存外心地よさそうな兄を見ていると、早く大人の男として認められたいなんていう言葉がまるで我儘を言っているように思えてきた。

「ユキ君が見たいって言ってた映画見に行こうか?」

 そうして甘やかしてくれる年上の恋人を兄に気兼ねすることなく独占できる日。三人で決めたルールで今日がその日だ。
 スイの瞳がじっと見つめている。
 成熟した大人の男性でありながら、時には悪戯好きの少年のようで、何も知らない生娘のようで、一人ぼっちの子供のようで、遠く届かない女神のようで、愛おしい人の愛をたくさん注がれる乙女のようで、機械仕掛けで動く人形のようで、捨てられた子犬のような瞳を持つ人。
 その人を幸せにするのは自分でなければならない。と、不意に強く思う。

「うん。それから。なんか、美味いもん食いに行こう」

 だから。ではない。
 ユキはスイを強く抱きしめた。

「ユキ君?」

 そして、ユキは心に決めたのだ。

 今日がいい。

 と。
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