368 / 414
Nc2t2C
1 サミシイ 5
しおりを挟む
「今日。仕事。お昼には終わる予定だし、そのあと、どうする?」
スイが兄であるアキと弟ユキの両方と恋人同士になると決めたあと、3人で幸せになるためにルールを決めようと提案したのはアキだ。繊細で、真面目で、几帳面な兄らしい。スイはすぐにそれに賛成したし、ユキはそんなものなくてもいいと思ったけれど反対はしなかった。
ルールを提案するのはスイが多かったけれど、それはほとんどがアキとユキのためのもので、彼自身は二人が快適に生活してほしいと望んでるのだと分かる。多分、スイは三人で過ごす時間が好きだ。それでも、主に兄アキの主張で二人のうちの一人だけと共に過ごす日を決めることに反対はしなかった。初めはユキも二人きりの時間を必ずしも区切っておく必要などないと思っていた。
けれど、それが間違いだったと気付いたのは、付き合い始めてすぐだ。
「デートしたい」
甘い香りがするスイの首筋に顔を埋めて、ユキが答える。吐息がくすぐったいのかスイは首を竦めたけれど、そのまま腕の中にいてくれた。
スイは付き合い始めてそれほど経たないころに、兄と関係を持った。
それがユキにはすぐにわかった。スイが見違えるくらいに綺麗になったからだ。
もちろん、嫉妬はした。まだ、自分が触れられないスイの全部を先に手に入れた兄が心底羨ましかった。
それから、思った。ユキはアキのように上手にスイをリードすることなんてまだできない。スイのすべてを包み込めるような包容力もなければ、スイを納得させるだけの生活能力もない。
それが全部わかっていたから、アキは二人きりの時間を邪魔しないというルールを提案したのだ。アキは誰よりもスイを愛しているし、スイのためならユキを失うことも厭わないだろう。それでも、三人でいられるというスイがくれた奇跡を誰よりも大切に思っているのも、アキだ。
「ん。いーよ。そうしよ」
細くてきれいな指先が頭を優しく撫でる。そんなふうに頭を撫でられるだけで嫌なことは大体忘れられる。さっきまで引きずっていた夢の余韻などもうどこにも残っていない。
甘やかされているのは分かっている。スイからも。もちろん、アキからも。
それでも、心の底から楽しそうにユキの世話を焼いてくれるスイと、そんなスイの姿を見るのが存外心地よさそうな兄を見ていると、早く大人の男として認められたいなんていう言葉がまるで我儘を言っているように思えてきた。
「ユキ君が見たいって言ってた映画見に行こうか?」
そうして甘やかしてくれる年上の恋人を兄に気兼ねすることなく独占できる日。三人で決めたルールで今日がその日だ。
スイの瞳がじっと見つめている。
成熟した大人の男性でありながら、時には悪戯好きの少年のようで、何も知らない生娘のようで、一人ぼっちの子供のようで、遠く届かない女神のようで、愛おしい人の愛をたくさん注がれる乙女のようで、機械仕掛けで動く人形のようで、捨てられた子犬のような瞳を持つ人。
その人を幸せにするのは自分でなければならない。と、不意に強く思う。
「うん。それから。なんか、美味いもん食いに行こう」
だから。ではない。
ユキはスイを強く抱きしめた。
「ユキ君?」
そして、ユキは心に決めたのだ。
今日がいい。
と。
スイが兄であるアキと弟ユキの両方と恋人同士になると決めたあと、3人で幸せになるためにルールを決めようと提案したのはアキだ。繊細で、真面目で、几帳面な兄らしい。スイはすぐにそれに賛成したし、ユキはそんなものなくてもいいと思ったけれど反対はしなかった。
ルールを提案するのはスイが多かったけれど、それはほとんどがアキとユキのためのもので、彼自身は二人が快適に生活してほしいと望んでるのだと分かる。多分、スイは三人で過ごす時間が好きだ。それでも、主に兄アキの主張で二人のうちの一人だけと共に過ごす日を決めることに反対はしなかった。初めはユキも二人きりの時間を必ずしも区切っておく必要などないと思っていた。
けれど、それが間違いだったと気付いたのは、付き合い始めてすぐだ。
「デートしたい」
甘い香りがするスイの首筋に顔を埋めて、ユキが答える。吐息がくすぐったいのかスイは首を竦めたけれど、そのまま腕の中にいてくれた。
スイは付き合い始めてそれほど経たないころに、兄と関係を持った。
それがユキにはすぐにわかった。スイが見違えるくらいに綺麗になったからだ。
もちろん、嫉妬はした。まだ、自分が触れられないスイの全部を先に手に入れた兄が心底羨ましかった。
それから、思った。ユキはアキのように上手にスイをリードすることなんてまだできない。スイのすべてを包み込めるような包容力もなければ、スイを納得させるだけの生活能力もない。
それが全部わかっていたから、アキは二人きりの時間を邪魔しないというルールを提案したのだ。アキは誰よりもスイを愛しているし、スイのためならユキを失うことも厭わないだろう。それでも、三人でいられるというスイがくれた奇跡を誰よりも大切に思っているのも、アキだ。
「ん。いーよ。そうしよ」
細くてきれいな指先が頭を優しく撫でる。そんなふうに頭を撫でられるだけで嫌なことは大体忘れられる。さっきまで引きずっていた夢の余韻などもうどこにも残っていない。
甘やかされているのは分かっている。スイからも。もちろん、アキからも。
それでも、心の底から楽しそうにユキの世話を焼いてくれるスイと、そんなスイの姿を見るのが存外心地よさそうな兄を見ていると、早く大人の男として認められたいなんていう言葉がまるで我儘を言っているように思えてきた。
「ユキ君が見たいって言ってた映画見に行こうか?」
そうして甘やかしてくれる年上の恋人を兄に気兼ねすることなく独占できる日。三人で決めたルールで今日がその日だ。
スイの瞳がじっと見つめている。
成熟した大人の男性でありながら、時には悪戯好きの少年のようで、何も知らない生娘のようで、一人ぼっちの子供のようで、遠く届かない女神のようで、愛おしい人の愛をたくさん注がれる乙女のようで、機械仕掛けで動く人形のようで、捨てられた子犬のような瞳を持つ人。
その人を幸せにするのは自分でなければならない。と、不意に強く思う。
「うん。それから。なんか、美味いもん食いに行こう」
だから。ではない。
ユキはスイを強く抱きしめた。
「ユキ君?」
そして、ユキは心に決めたのだ。
今日がいい。
と。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説

たしかなこと
大波小波
BL
白洲 沙穂(しらす さほ)は、カフェでアルバイトをする平凡なオメガだ。
ある日カフェに現れたアルファ男性・源 真輝(みなもと まさき)が体調不良を訴えた。
彼を介抱し見送った沙穂だったが、再び現れた真輝が大富豪だと知る。
そんな彼が言うことには。
「すでに私たちは、恋人同士なのだから」
僕なんかすぐに飽きるよね、と考えていた沙穂だったが、やがて二人は深い愛情で結ばれてゆく……。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

神子は再召喚される
田舎
BL
??×神子(召喚者)。
平凡な学生だった有田満は突然異世界に召喚されてしまう。そこでは軟禁に近い地獄のような生活を送り苦痛を強いられる日々だった。
そして平和になり元の世界に戻ったというのに―――― …。
受けはかなり可哀そうです。


【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる