遠くて近い世界で

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1 サミシイ 4

　こんこん。

　不意に扉をノックする音が聞こえた。控えめな音だ。

「ユキ君」

　同時に、朝一番に聞いたら幸せになれる声がする。
　だから、なのだろうか。心の中に広がっていた波紋はすべて掻き消えてしまった。余韻すら、もう、思い出せない。それどころか、ユキは既に、自分が何と呟いていたのかすら、忘れていた。

「起きてる？」

　遠慮がちにドアが少しだけ開く。そして、その隙間から、ひょこ。と、翠色の髪がのぞいた。

「あ。起きてた。おはよう」

　そして、その髪の下の瞳が細くなる。笑っているからだ。

「夕べは随分遅かったから。起きてないかと思った」

　ドアを開けて、ユキの愛おしい人が入ってきた。それだけで、もう、大抵のことはどうでもよくなってしまう。

「おはよう。スイさん」

　ベッドの方へと歩み寄ってくるスイに向かって、ユキは大きく腕を広げた。

「ごはん。できてるよ。今日は和食」

　そう言いながらも、スイはユキの腕の中に納まった。まったく躊躇がなかったのがさらに幸福度を倍増させてくれる。ぎゅ。と、抱きしめて大きく息を吸い込むと、朝食の焼き魚とだし巻き卵の匂い。そして、スイの身体の甘い甘い香りがした。

「今日は仕事あるから、ご飯食べちゃおう？」

　言葉とは裏腹に、スイはユキの腕から逃れようとはしなかった。あやすみたいの背中を叩いてから、少しだけ顔を離して、頬に優しいキスをくれる。それから、まるで、『こっちにはユキ君からキスして』と、強請るみたいに目を閉じてキス待ち顔をする。
　どの仕草をとっても可愛い。
　尊みが過ぎる。
　だから、その唇に啄むようなキスをすると、長いまつ毛に縁どられた瞼が開いて、翠色の綺麗な宝石のような瞳がユキを見つめてふわり。と、微笑んだ。