遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
366 / 414
Nc2t2C

1 サミシイ 3

しおりを挟む
 その朝、目覚めると頬が濡れていた。
 多分、夢を見ていたのだと思う。
 けれど、その内容を思い出すことができない。
 さっきまで目の前ではユキが堪えきれずに涙を零してしまうような何かがあったはずだ。否。実際に目の前で起こっているわけではない。夢なのだから、それはユキの脳内に残る記憶の残滓が再構築されて再生されているだけなのだ。だとしても、それがユキに涙を零させる何かであることは間違いない。

 悲しみ?

 と、自分自身に問いかける。

 否。と、応え。

 痛み?

 と、問いかけ。

 否。と、応え。

 切なさ。
 苦しさ。
 後悔。
 罪悪感。

 どれとも違う。
 夢が心に落とした感情が波紋のようにうっすらと広がっている。けれど、それは、時間が経つほどに大きく心を波立たせるけれど、核心からは遠ざかって、せき止めることも掴むこともできないまま、薄くなって消えていく。

 サミシイ。

 と、誰かの声が聞こえた気がした。

「サミシイ?」

 ベッドの上に上半身だけを起こして、ユキは呟いた。夕べはナオに誘われて飲みに出かけて、店を出る前くらいまでは覚えているけれど、いつ帰ったのかも、いつ眠ったのかよく覚えていない。出かけた時と違う服装になっているけれど、着替えた覚えはないし、パジャマ代わりのTシャツとは違う。と、いうよりも、こんな服を持っていた記憶はない。 

 ユキには時折そんな朝があった。

 そのたびに財布や鍵を失くしたり、気に入っていた服をどこかへ着替えて置いてきてしまったりしては、アキに怒られる。だから、ユキも酒は控えようと思うのだけれど、酒を飲むたびにそういうことが起こるわけでもないし、大した量を飲んだわけでもないのに記憶が飛ぶこともあったから、気を付けてもあまり意味がないと判断して、そのうち酒を飲みに行くときには大切なものは持って行かないようになった。もちろん、それが何の解決策にもなっていないことは重々承知しているが、生来おおらかなユキにとっては『その程度のこと』だったのだ。

 問題は最近その頻度が増えてきている。ということだ。

「そうか。サミシイ……のか」

 頭の表層ではそんなことを考えていたのだ。いくらユキがおおらか。というよりも大雑把であっても、さすがに看過できない。けれど、ユキの口からは全く違う言葉が零れだした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...