遠くて近い世界で

司書Y

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DoRow

後編 2

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「あの人……ただのストーカーだから」

「「はあ??」」

 スイの一言に、アキとユキの声はシンクロした。

「ただの。って、え? スイさんあいつ知ってるの??」

 ストーカーって時点ですでに『ただの』ではない。と、思うのはユキだけではないはずだ。アキの表情もそれを物語っている。それに、気にしないで済むことでもない。

「……あ。うん。まあ」

 畏れているというより、うんざりしているといった顔でスイが答える。

「ちょっと、待て! ストーカーって、スイさんに付きまとってるってこと?」

 スイの両肩に手を置いて、アキが尋ねる。額には怒りマークがはっきりと張り付いている。アキの質問はかなり、当たり前のことを聞いているような気がするが、ストーカーっていうからには、そういうことなんだろう。けれど、アキの質問が的外れなのも当たり前かもしれない。スイの反応がおかしいからだ。

「んー。そゆことになる……かな」

 アキの剣幕に少し戸惑った様子でスイが答えた。

「あ? ふざけんな。ちょっと、殺してくる」

 どこからともなく(正確に言うと、腰の後ろに常に携帯しているのだが)ハンドガンを取り出したアキが真顔で、くるり。と、玄関に向かって歩き出す。

「あ。や。ちょっと。そんな危険なやつじゃないし」

 その腕を慌てた様子で掴んで、スイが止めた。
 さっきから見ていると、スイはストーキングされているというのに、相手に対して全く危機感を持っていない。迷惑だとは思っているようだが、ただ、それだけ。軒先にかけられたツバメの巣くらいの感覚だろうか。

「や。ストーカーって、時点ですでに危険だからね!」

 だから、ユキも言った。そして、言いながら、昨夜見た七三男を思い出す。
 気が弱そうな男だった。おそらく、30代後半くらいだと思う。いや、もしかしたら、もう少し若いのかもしれない。ただ、明らかに後退した生え際のせいで40代だと言われても納得してしまいそうだ。
 地味な銀縁の眼鏡をかけて、地味な色のトレーナーと黒だか紺のボトムを着ていた。顔は卵のようなつるっとした質感で細い目に色素の薄い唇、鼻の横に黒子がある以外にはあまり印象に残るところはない。背はスイよりは高いかもしれないけれど、わりと平均的。痩せぎすでひょろっとした感じの男だった。
 一言で表現するなら『さえないおっさん』だ。
 危険。と、口では言ってみたものの、スイをどうこうできるような力がありそうには見えない。

「警察には?」

 殺す。はどうにか思いとどまったらしいアキが銃をもとの場所に戻しながら、尋ねる。

「……前に、言わなかったっけ? 俺、ID偽造だから、警察はなるべく避けたいんだよね」

 スイに戸籍がないという話は以前に聞いたことがある。理由は『今はまだ言えない』と、少し寂し気で、怯えたような表情で言われたから、聞けない。ただ、『必ずいつか俺の口から話すから』と、言ってくれたから、その日を待っている。

「いつから?」

 自分自身を落ち着かせようとしているのか、アキが大きく息を吐く。それから、スイをダイニングの椅子に座らせて、アキは訊ねた。

「3年くらい前かな? えと。中川町のほうに住んでた時。仕事で深夜、親水公園通った時に、初めて見たんだよ。
 あー……なんていうの? 露出狂? コートの中全裸でさ。でも……俺男だよ?
 当時、今より痩せてたし……髪も今より長かったし、女の子と間違えたのかな?
 も、さ。ガン勃ちだったけど……見なかったことにして通り過ぎた。完全スルー。てか……どうリアクションしていいか、わかんなかったし……」

 それは多分、女の子と間違えたわけではないと思う。今より細くて、髪の長かった若かりしスイは変質者にとっては、垂涎のご馳走だっただろう。その頃のスイをぜひ見てみたかったと心の底から思う。きっと、現在のスイにも負けず劣らず可愛かったことだろう。

「その時はついてくることもなかったから、やっぱり女の子と間違えたんだろうって思ったんだよ。
 けど、3日くらいしてから、またそこ通ったら。いたんだ。同じカッコして。またしても、ガン勃ち。なんか、すんげー嬉しそうな顔して俺のこと見てるし。さすがに、なんか気持ち悪くてさ。でも、怖がったり、気持ち悪がったりしたら、喜ばせるだけかなって思って、一言言ってやったんだよ」

 思い出して不快そうにするスイ。けれど、やっぱり恐れているわけではない。顔は正しく汚物を見る表情だ。

「『ちっさ』って」

「「あー」」

 アキとユキはまた、ハモった。

 相変わらず、可愛い顔してやることはしっかり男だな。

 と、ユキは思う。
 二人の前ではすごく可愛いスイなのだが、ちょいちょい男前を発揮する。普通の女子ならそれは言わないだろう。

「でも……今考えたらさ。多分、それがよくなかったんだと思う」

 そう言って、スイは大きくため息をついた。
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