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Internally Flawless
27 帰宅 1
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◇翡翠◇
目が覚めたとき、頬を涙が伝っていた。
あの頃の夢。だったのだろうか?
スイは思う。そんな記憶はない。と、言い切れはしなかった。タイトがいる間は薬の影響でいつでも意識は朦朧としていたし、身体の感覚に支配されたくなくて、いつも心を閉ざしていたからだ。
タイトの最後の言葉は聞き取れなかった。彼は何と言ったのだろう。と、記憶を探る。現実なのかも分からないシーンに、大した意味があるとは思えない。スイの願望が形を得ているだけかもしれない。
それでも、想像せずにいられなかった。
あの頃の夢なのに、犯されていた夢なのに、何故かいつも夢を見て感じる吐き気は感じなかった。恐れに近い感情はあるけれど、それも、いつものどうしようもない恐怖とは違っていた。
「……なに? これ」
誰にともなく、小さく呟いてから、スイははっとした。自分を後ろから抱き締めるように首元に腕が回されている。それだけではなくて、もう一対の腕が正面から腰を抱くように背中にまわされていた。
「……ユキ……君」
すーすー。と、目の前で寝息を立てているのはユキだ。閉じた瞼を縁どる黒い睫毛がとても長くて、思わず見惚れてしまう。強くて頼りがいがあるユキ。でも、こんな姿はまだ、少年のようで、愛おしさがこみ上げた。
思いのまま、そ。と、髪を撫でる。僅かに身じろぎをするけれど、ユキの瞳がひらくことはなかった。
「起きた?」
後ろから耳元に囁かれて、スイはびくっ。と、身体を竦めた。
「……アキ君?」
後ろからスイを抱きしめていたのはアキだった。ユキを起こさないようにと、気遣いだろう。スイの耳元に触れるくらい唇を寄せて、囁く。
「何か、嫌な夢だった?」
低く、小さな声が心まで撫でるように耳に響く。これから、アキは輝石でも扱うかのように、優しくスイの涙を拭ってくれる。
「……うん」
その手が心地よくて、頬擦りしながらこたえてから、スイは首を小さく横に振った。
「……や……わからない……怖いけど……いつもと違った……」
さっきまでの夢はなんだったのだろう。いつも見る怖い夢と内容はあまり変わらない。スイは記憶の中のスイがそうであるように、タイトに思うさま犯されていた。
けれど、何かが違っていた。
記憶なのか、願望なのか、それとも、意図しないもっと別の感情の表れなのか。スイにはわからない。手を伸ばせば届きそうな気がするけれど、そこに手を伸ばすのは正直怖かった。
それが何かを知ることは、スイにとって必ずしもいい結果になるとは限らないからだ。
ただ、スイにはこの夢の変化が、アキやユキと出会ったことや、二人に恋したことと無関係とは思えなかった。
「いいよ。他の男のことなんて思い出さないで?」
そう言って、アキの腕がスイを優しく抱きしめる。その腕から香るいつものアキの香り。すごく安心する。
「スイさんは、俺とユキのことだけ考えてくれてたらいいよ」
甘い声にどきりと心臓が跳ねる。
もう、その一言で心の全部が、アキとユキの方に向いてしまった。ふわふわと掴みどころもなく、掴んだとしてそれが真実であるかの証明もできない。そんな曖昧なもののために、ようやく帰って来た恋人との時間を邪魔されたくなかった。
目が覚めたとき、頬を涙が伝っていた。
あの頃の夢。だったのだろうか?
スイは思う。そんな記憶はない。と、言い切れはしなかった。タイトがいる間は薬の影響でいつでも意識は朦朧としていたし、身体の感覚に支配されたくなくて、いつも心を閉ざしていたからだ。
タイトの最後の言葉は聞き取れなかった。彼は何と言ったのだろう。と、記憶を探る。現実なのかも分からないシーンに、大した意味があるとは思えない。スイの願望が形を得ているだけかもしれない。
それでも、想像せずにいられなかった。
あの頃の夢なのに、犯されていた夢なのに、何故かいつも夢を見て感じる吐き気は感じなかった。恐れに近い感情はあるけれど、それも、いつものどうしようもない恐怖とは違っていた。
「……なに? これ」
誰にともなく、小さく呟いてから、スイははっとした。自分を後ろから抱き締めるように首元に腕が回されている。それだけではなくて、もう一対の腕が正面から腰を抱くように背中にまわされていた。
「……ユキ……君」
すーすー。と、目の前で寝息を立てているのはユキだ。閉じた瞼を縁どる黒い睫毛がとても長くて、思わず見惚れてしまう。強くて頼りがいがあるユキ。でも、こんな姿はまだ、少年のようで、愛おしさがこみ上げた。
思いのまま、そ。と、髪を撫でる。僅かに身じろぎをするけれど、ユキの瞳がひらくことはなかった。
「起きた?」
後ろから耳元に囁かれて、スイはびくっ。と、身体を竦めた。
「……アキ君?」
後ろからスイを抱きしめていたのはアキだった。ユキを起こさないようにと、気遣いだろう。スイの耳元に触れるくらい唇を寄せて、囁く。
「何か、嫌な夢だった?」
低く、小さな声が心まで撫でるように耳に響く。これから、アキは輝石でも扱うかのように、優しくスイの涙を拭ってくれる。
「……うん」
その手が心地よくて、頬擦りしながらこたえてから、スイは首を小さく横に振った。
「……や……わからない……怖いけど……いつもと違った……」
さっきまでの夢はなんだったのだろう。いつも見る怖い夢と内容はあまり変わらない。スイは記憶の中のスイがそうであるように、タイトに思うさま犯されていた。
けれど、何かが違っていた。
記憶なのか、願望なのか、それとも、意図しないもっと別の感情の表れなのか。スイにはわからない。手を伸ばせば届きそうな気がするけれど、そこに手を伸ばすのは正直怖かった。
それが何かを知ることは、スイにとって必ずしもいい結果になるとは限らないからだ。
ただ、スイにはこの夢の変化が、アキやユキと出会ったことや、二人に恋したことと無関係とは思えなかった。
「いいよ。他の男のことなんて思い出さないで?」
そう言って、アキの腕がスイを優しく抱きしめる。その腕から香るいつものアキの香り。すごく安心する。
「スイさんは、俺とユキのことだけ考えてくれてたらいいよ」
甘い声にどきりと心臓が跳ねる。
もう、その一言で心の全部が、アキとユキの方に向いてしまった。ふわふわと掴みどころもなく、掴んだとしてそれが真実であるかの証明もできない。そんな曖昧なもののために、ようやく帰って来た恋人との時間を邪魔されたくなかった。
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