遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
346 / 414
Internally Flawless

26 安堵 3

しおりを挟む
 ◇秋生◇

 車に乗り込んできた二人が、ドアを閉めると、騒ぎが大きくなる前にアキは車を発進させた。公安の突入作戦は犯人グループに知られないように、静かに迅速に行われたので、犯人を連行するための警察車両が到着して初めて人が集まってくる。
 このマンションの15階以上は全て人身売買の温床となっていて、売られた男女とその顧客。それを管理する犯行グループの人間が利用していた。賃貸の名義が殆ど顧客のものだったのは、おそらく裏切りを防ぐための保険だったのだと思われる。全てが発覚した今となっては、それがなによりの証拠になってくれていた。
 マンションへの突入はすべて同時に行われた。殆どの部屋には被害者しかおらず、いたとしても完全に動揺していて、制圧するのは容易かった。もちろん、アキはそこにいたわけではない。彼が、いや、彼らがいたのはマンションから1㎞以上離れた別のマンションの屋上だ。
 そのくらいの距離なら、たとえある程度の風が吹いていたとしても問題はない。アキを育てた男の本業はプロの殺し屋だ。その男に叩き込まれた狙撃の腕は今ではおそらくその男以上だと自負している。
 だから、問題はそこではなかった。
 スコープを覗く先、その男がスイに触れるたび、何度引き金を引きそうになったか分からない。インカムから聞こえてくる男の言葉も最悪だ。いかにもスイが嫌がりそうな言葉をピンポイントでついてくる。そんな男がスイの傍にいるのが、心の底から嫌だった。

「おかえり。肩大丈夫?」

 運転をしながら、ちら。と、アキは後部座席のスイの顔を見る。

「ただいま。大丈夫だよ」

 いつも通りの可愛らしい笑顔にほっと安心する。今日は随分と嫌な思いをしたはずだ。そのどれも少しでも何かが間違っていたら、ここにいられなかったかもしれないほどの出来事だった。

「……ごめん。心配させて」

 別に本気で怒っているわけではない。ただ、心配しているのを分かってほしかったのと、スイと離れていた間、傍にいて散々スイに嫌な思いをさせていたあの男への嫉妬だったのだと思う。

「いいよ。ただ、も、こういう仕事は受けないからな。スイさんを一人にさせると……変な虫がすぐに湧いてくるから」

「え? そっちなの?」

 アキの言葉に、スイは少し驚いたような表情をする。
 もちろん、自分から危険に飛び込もうとするスイを心配していなかったわけではない。別に彼は聖人と言うわけではないけれど、特にこういう類の事件の場合、スイは被害者を自分自身に重ねて放ってはおけなくなってしまう。助けてほしいと。願い続けて、それでも誰も助けてはくれなかったその頃のことを思い出すのだろうと思う。

「無茶するのはいいよ。も、諦めた。これからは仕事ほっぽってでも助けに行くから覚悟しといて。でも、ああいうのは許さない」

 この『許さない』はもちろん、スイに向けた言葉ではない。
 山崎健二と大井一久。自分がまたはユキが傍にいたらぼこぼこでは済まなかったと思う。正直、オーダー通り殺さないで作戦行動を終わらせた自分をほめてほしいと思うほどだ。
 大体、方向性は違っても、完全に性質の同じ二人に一日で二度襲われるなんて、普通ではあり得ない。あの大井に襲われた後にこの作戦を承認した警察のやり方にもかなりの憤りを感じている。それに関してはスイが強くおしたのだろうけれど、ナオもセイジもいるのにやらせたことが信じられない。

「……ごめん」

 少し強い口調になったアキに、しゅんと小さくなって、スイが言った。ルームミラー越しに見ると、上目遣いでちらちらとこっちを見ている。

「だから、いいって。俺が怒ってるのはスイさんにじゃないし」

 その言葉で意味を理解したのか、スイは隣にいたユキの手をぎゅっと握った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる

ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで── 表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

処理中です...