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Internally Flawless
26 安堵 2
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「……すけ……て」
その瞬間、『ちん』と音がした。そして、エレベータのドアが開く音が聞こえる。どうやら、1階についたらしい。ドアが閉まってまた上に上がってしまったら困るのだけれど、立ち上がる気力がすぐには湧いてこなかった。
「スイさん? どうしたの? ケガしたの? 大丈夫?」
聞こえてきた声が一番聞きたかった声だったから、スイは思わず顔を上げる。そこにはユキがいた。
「……ユキ君……どして?」
まだ、通話を終えて、10分ほどしか経っていない。近くにいたはずがないのに、どうしてユキがここにいるのだろうと、スイは混乱した。あんまりにも二人に会いたかったから、幻を見ているのだろうか。と、思う。
「早くスイさんを迎えに行きたくて、荷物兄貴にまかせて、走ってきた」
言われてみれば、ユキは息が上がっている。肩で息をしながらも、その優しい腕はスイを引っ張り起こして、抱きしめてくれた。
「大変だったね。ご苦労さま。兄貴に聞いた。火傷したって? 大丈夫? こんなにきつく抱きしめたら痛い?」
ぎゅっと抱きしめたまま耳元で囁かれて、安堵のため息が出た。
低くて、渋くて、優しい、スイの大好きなユキの声。
タバコと、微かな男性用の香水と、それから硝煙の匂い。ユキの匂いだ。
少し高めの体温。走ってきたからいつもよりもっと、熱い。
その全部が、自分を抱きしめてくれているのがユキだと伝えてくれる。
「……痛い。けど、このまま抱いていて。離れたくない」
スイの言葉に一瞬抱きしめる力が弱くなってから、もう一度腕に力がこもる。
「キス……していい? 消毒」
大好きなユキの声に、スイは小さく頷いた。
ユキ君ならいい。
スイは思う。
アキとユキなら、どこで誰に見られても構わない。キスしたいと言ってくれるなら、いくらでもあげたい。
強請るように目を閉じると、ユキが軽く重ねるだけのキスをくれた。
「こんな、可愛い顔。あいつに見せてないよね? これ、俺と兄貴だけのだよな?」
心配そうに覗きこんでくるユキの黒曜石のような色の瞳に笑顔を返す。
「俺がキスしてほしいと思ってるのはユキ君とアキ君だけだよ? 大体、あんなの……キスじゃねーし。ただの交通事故」
その言葉に、ユキがくすり。と、笑う。
「事故って……じゃ、事故の被害者は安静にしてないとね?」
にや。と笑って、ユキはスイを抱きあげた。子供抱きでだ。
「え? ちょ。ユキ君。やめてよ。こんなところで」
時間はまだ9時過ぎだ。ここはマンションのビルの中で、下階の住民は一般人だから、公安の要請で自宅の中で待機するように言われている。だから、誰もいない。けれど、通りに出ればまだたくさんの人たちが行きかっている。
「だめ。兄貴にもちゃんとスイさんを逃がさないで確保するように言われてるし」
スイを抱きあげたまま、ユキが意地の悪い笑みを浮かべる。最近、だんだん大人っぽくなってきたユキが、なんだかアキに似てきたような気がして怖いような、嬉しいような微妙な気持ちになった。
「でも、外には人も……いるし。恥ずかしいよ」
顔を真っ赤にして頼んでも、ユキはおろしてくれない。
「だめです! ちゃんと捕まえとかないと、スイさんはすぐにどっか行っちゃうからな。そんで、すぐに無茶して、変な奴に目つけられて、いろんな意味で危ないんだから!」
きっと、ユキも心配してくれていたのだろう。スイを抱き上げたまま、力説するユキの耳元にスイは唇を寄せた。
「も。どこにも行かないよ? ……俺はユキ君とアキ君だけのものだから……」
ユキの頭をぎゅっと抱いて、その耳元にこしょ。と囁くと、スイを抱いたままユキが座り込んだ。
「……ユキ君?」
その期に乗じて、スイはユキの腕を逃れて、横から顔を覗きこむ。
「あー。スイさん。その顔ずるい。天使過ぎ」
真っ赤になった顔を両手で覆って、じたばたしているユキに意味が分からんと、スイの頭の上に疑問符が幾つも浮かぶ。
「毎日見慣れてても、突然来るダイレクトアタックには勝てないのに。やっぱり別居(?)なんてするもんじゃないよな。スイさんの可愛さが痛い。あーもー。とにかく帰るよ? すぐに帰るよ? 帰ったら、抱っこしても、抱きしめても、キスしても、膝枕してもらってもいいんだろ? 今日は徹底的にいちゃいちゃするからね!」
わけのわからない宣言をして、ユキはスイの手を握りしめた。それから、その手を引いて、ずんずん歩いていった。
エントランスのガラス扉の向こうに、アキの赤い車が見える。
ようやく帰ってくる日常に、ほう。と、ため息をついて、腕を引かれるまま、スイは扉をくぐった。
その瞬間、『ちん』と音がした。そして、エレベータのドアが開く音が聞こえる。どうやら、1階についたらしい。ドアが閉まってまた上に上がってしまったら困るのだけれど、立ち上がる気力がすぐには湧いてこなかった。
「スイさん? どうしたの? ケガしたの? 大丈夫?」
聞こえてきた声が一番聞きたかった声だったから、スイは思わず顔を上げる。そこにはユキがいた。
「……ユキ君……どして?」
まだ、通話を終えて、10分ほどしか経っていない。近くにいたはずがないのに、どうしてユキがここにいるのだろうと、スイは混乱した。あんまりにも二人に会いたかったから、幻を見ているのだろうか。と、思う。
「早くスイさんを迎えに行きたくて、荷物兄貴にまかせて、走ってきた」
言われてみれば、ユキは息が上がっている。肩で息をしながらも、その優しい腕はスイを引っ張り起こして、抱きしめてくれた。
「大変だったね。ご苦労さま。兄貴に聞いた。火傷したって? 大丈夫? こんなにきつく抱きしめたら痛い?」
ぎゅっと抱きしめたまま耳元で囁かれて、安堵のため息が出た。
低くて、渋くて、優しい、スイの大好きなユキの声。
タバコと、微かな男性用の香水と、それから硝煙の匂い。ユキの匂いだ。
少し高めの体温。走ってきたからいつもよりもっと、熱い。
その全部が、自分を抱きしめてくれているのがユキだと伝えてくれる。
「……痛い。けど、このまま抱いていて。離れたくない」
スイの言葉に一瞬抱きしめる力が弱くなってから、もう一度腕に力がこもる。
「キス……していい? 消毒」
大好きなユキの声に、スイは小さく頷いた。
ユキ君ならいい。
スイは思う。
アキとユキなら、どこで誰に見られても構わない。キスしたいと言ってくれるなら、いくらでもあげたい。
強請るように目を閉じると、ユキが軽く重ねるだけのキスをくれた。
「こんな、可愛い顔。あいつに見せてないよね? これ、俺と兄貴だけのだよな?」
心配そうに覗きこんでくるユキの黒曜石のような色の瞳に笑顔を返す。
「俺がキスしてほしいと思ってるのはユキ君とアキ君だけだよ? 大体、あんなの……キスじゃねーし。ただの交通事故」
その言葉に、ユキがくすり。と、笑う。
「事故って……じゃ、事故の被害者は安静にしてないとね?」
にや。と笑って、ユキはスイを抱きあげた。子供抱きでだ。
「え? ちょ。ユキ君。やめてよ。こんなところで」
時間はまだ9時過ぎだ。ここはマンションのビルの中で、下階の住民は一般人だから、公安の要請で自宅の中で待機するように言われている。だから、誰もいない。けれど、通りに出ればまだたくさんの人たちが行きかっている。
「だめ。兄貴にもちゃんとスイさんを逃がさないで確保するように言われてるし」
スイを抱きあげたまま、ユキが意地の悪い笑みを浮かべる。最近、だんだん大人っぽくなってきたユキが、なんだかアキに似てきたような気がして怖いような、嬉しいような微妙な気持ちになった。
「でも、外には人も……いるし。恥ずかしいよ」
顔を真っ赤にして頼んでも、ユキはおろしてくれない。
「だめです! ちゃんと捕まえとかないと、スイさんはすぐにどっか行っちゃうからな。そんで、すぐに無茶して、変な奴に目つけられて、いろんな意味で危ないんだから!」
きっと、ユキも心配してくれていたのだろう。スイを抱き上げたまま、力説するユキの耳元にスイは唇を寄せた。
「も。どこにも行かないよ? ……俺はユキ君とアキ君だけのものだから……」
ユキの頭をぎゅっと抱いて、その耳元にこしょ。と囁くと、スイを抱いたままユキが座り込んだ。
「……ユキ君?」
その期に乗じて、スイはユキの腕を逃れて、横から顔を覗きこむ。
「あー。スイさん。その顔ずるい。天使過ぎ」
真っ赤になった顔を両手で覆って、じたばたしているユキに意味が分からんと、スイの頭の上に疑問符が幾つも浮かぶ。
「毎日見慣れてても、突然来るダイレクトアタックには勝てないのに。やっぱり別居(?)なんてするもんじゃないよな。スイさんの可愛さが痛い。あーもー。とにかく帰るよ? すぐに帰るよ? 帰ったら、抱っこしても、抱きしめても、キスしても、膝枕してもらってもいいんだろ? 今日は徹底的にいちゃいちゃするからね!」
わけのわからない宣言をして、ユキはスイの手を握りしめた。それから、その手を引いて、ずんずん歩いていった。
エントランスのガラス扉の向こうに、アキの赤い車が見える。
ようやく帰ってくる日常に、ほう。と、ため息をついて、腕を引かれるまま、スイは扉をくぐった。
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