遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

25 苛烈 4

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「ありがと」

 そう言ってスイはシキにインカムを返した。
 受け取りながら、すごーく微妙な表情をしている。

「スイさんって……さ。結構天然だよね?」

 その微妙な顔のまま、シキは隣にいたナオに話しかけた。

「うん。まったく悪気なくあんなこと人前で言っちゃうんだよな」

 二人の会話が何を言っているのかわからなくて、スイは首を傾げた。

「え? 俺、なんか変なこと言ってた?」

 思い返しても、スイには何がまずかったのかわからなかった。

「あー。スイさん。そんな可愛い声で『なんでも言うこと聞くから』なんて、アキさん以外に言っちゃだめだよ? それこそ、監禁されても文句言えないからね」

 ため息交じりにナオが言う。

「は? え? どこらへんが? 可愛い声??」

 スイの反応に、ナオとシキはまた顔を見合わせて、ため息をついた。

「えーと。ま。とにかく。スイさんはご苦労様でした。報告書は後日でいいから、今日はもう帰って休んで? いろいろ、大変なことばっかで疲れたでしょ」

 いまだ納得していないスイに諦めたみたいに、ナオが言った。

「アキ氏とユキ氏。迎えに来てくれるんでしょ? 今日はちゃんと家の方に帰って、それから、たーっぷり二人に甘やかしてもらいなよ?」

 にやにや笑いながらナオが続けた。揶揄われているのはさすがに分かる。けれど、そのあと、ナオはすごくまじめな顔になった。

「……いろいろ嫌な思いさせてごめん。それから、無理してまで作戦に協力してくれて、ありがとう。スイさんのお陰で、今度はちゃんと助けられた」

 頭を深く下げて、顔を上げたナオは少しだけ瞳が潤んでいた。彼は多分すごくスイのことを心配してくれていたはずだ。この作戦にも最後まで反対していた。あんなことの後でどれほどスイが傷ついているかわかるのか、と作戦会議の場で力説してくれた。

「うん。助けられて……よかった」

 それでも、作戦に参加してよかった。今、心からそう思う。
 助けられなかった人がいたことも、昏い瞳に思い出してしまったトラウマも、好きでもない人に触られる不快感も、欲に塗れた目で見られる嫌悪感も、本当に嫌だと思ったけれど、逃げ出さなくてよかった。

「じゃ。俺は帰る」

 そのことを伝えたい。アキにも、ユキにも。

「この辺物騒だから、二人が来るまではエントランスホールにいなよ? ナオさんは俺が送ってくから大丈夫」

 ひらひらと手を振って、もう帰りなよ。とシキが言う。

 あれ? これは?? 俺って邪魔者?
 スイは思う。
 もしかしたら、そういうことなのかもしれない。そういえば、シキはナオに対して少しスキンシップ過多な気がする。

「ちょっと、ナオ君」

 だから、手招きして、ナオを呼びよせて、その耳元に口を寄せる。そんなスイの様子にも、表情が変わらないようでいて、ぴくりとシキの眉が動く。

「え? なに?」

 不思議そうに耳を寄せるナオ。スイほどではないけれど、ナオも結構童顔だと思う。
 そんなナオにスイが何を話そうとしているのか、多分、気になっているくせに、シキはそ知らぬふりを決め込んでいた。

「言い忘れてたけどさ。ナオ君『発注』入ってたんだよ?」

 そう言ってから、スイはナオの傍を離れた。

「え? はあ?? マジで? 嘘でしょ」

 発注の話は嘘ではなかった。今日の昼、最後にPCを確認したときに書き込まれていた。それを黙っていたのは、作戦の『おとり』にナオを使わせたくなかったからだ。

「本当だよ。だから、ちゃんと送ってもらいなよ? このへん、すっっごく物騒だから。じゃ」

 放心状態のナオに軽く手を振る。それから、スイは玄関に向かって歩き出した。
 ナオの表情にスイが何を言ったのか、シキはすっごく気になっているはずだ。けれど、それでも、シキは顔色を変えなかった。いや。変えていないつもりでいたのだと思う。けれど、明らかに動揺の色は隠しきれていなかった。
 横をすり抜けながら、ぽん。と、シキの肩を叩く。

「……がんばって」

 そう呟くと、少し驚いたような顔をして、それから、シキが苦笑した。

「頑張って……どうにかなるもんかね?」

 その声を聞きながらスイは部屋を出た。
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