遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

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「真鍋凛」

 スイは即答した。
 あの可愛らしい女性は、某有名大学出のエリートキャリアで、N署では生活安全課の課長補佐でありながら相談窓口で電話対応をさせられているらしい。この潜入捜査での立ち位置『つかいっぱしり』と同じで、誰も彼女が裏切り者だとは思っていなかっただろう。

「なんで。そう思ったの? リンちゃんみたいな可愛い子が、スイさんたちが追っているような凶悪な犯罪者に見える?」

 馬鹿にするような嘲笑を浮かべて、ケンジが言う。両手を開いて首をひねって分からないというジェスチャーだ。

「今回のショーの舞台関係のスタッフで常時仕事をしている人数は約100人。
 まず、今回初めてキングスクラウンの仕事に参加した者。次に瞳と目の色が黒、または茶以外である者。直接面接を受けずに派遣を通して採用されている者。そのキーワードで絞り込んだだけで、10人程度まで絞れる」

 警察の潜入捜査であることを踏まえると、バイトなどでも以前に参加したことがある者は避けるだろう。
 それから、警察は容姿を基準にハウンドを選考していた。セイジがスイを推した以外は、ナオや、セイジはその選考には殆ど係わっていない。
 さらには、突然警察関係者を潜入させるために、苦肉の策としてキングスクラウン、またはモデル事務所、ショーの制作会社の面接を受けず、スイのように別会社からの派遣という形で、人員を送り込んだ。
 それを全て満たす人物がスイやナオを含めて12人。

「裏切り者はハウンドのほうにはいない。ハウンドである俺たちには捜査員の個人情報は全く知らされていなかったからだ。
 さらに、12人全員が捜査員だったとしても、指揮官はおそらく3人以下。うち1人は俺の管理官ナオ君だ。彼がまったく今回事件に関与していないことは、高校からの付き合いのアキ君が証言してくれる。彼はキングスクラウンのバイトどころか、バイト自体をしたこともない」

 正直、実は潜入捜査開始時には、ナオも疑っていた。だから、全ての可能性を捨てずに、11人全員について調べた。その結果一つの事実を知ることになった。

「俺は元情報屋だからな。全員ちゃんと調べさせてもらったよ。方法はちょっと言えない方法だけど」

 この場所に居ながらにして個人情報を調べるとすると、やり方はかなり限られてくる。足を使って情報を得ることはできない。全てはPC頼りだ。だから、かなり強引な方法も使った。警察にバレたら実刑をくらうようなこともした。

「それで、わかったことがある。……真鍋凛は高校時代、このキングスクラウンのショーのバイトをしてた」

 それは、当時のショーの運営会社のサーバーをハッキングしている時に見つけた従業員名簿から分かったことだった。もともとは被害者が他にいないかの確認の作業だったのだが、そこに彼女がいたのだ。

「当時の名前は草野凛。離婚した母親の姓を名乗っていた頃の話だ」

 苗字が違っていたため、誰も気付かなかった。けれど、それが偶然であるはずがない。バイトをしていたのなら、警察官である彼女がそれを隠しているのはおかしいのだ。

「そして、そのバイトの最中に彼女は一時行方不明になっている。
 彼女は一連の人身売買事件の最初の被害者だ」

 その頃から、犯行は行われていたのだ。誰にも気付かれずに。

「帰ってきたのは3カ月後。父親である真鍋総一郎が保護したと警察に届け出があった。そして、彼女はそのまま父親に引き取られ、真鍋凛になった。
 つまり、彼女を買ったのは彼女の実の父親だ」

 スイの説明に、にやり。と、ケンジが笑う。

「なにいってるんだよ? スイさん。それ、おかしいって気付かないの? 被害者が犯人グループに協力するなんてあり得ないでしょ?」

 その言葉にスイはため息をついた。

「そうだな。ありえない。でも、事実だよ。
 彼女は母親に虐待を受けていた。身体まで売らされていたらしい。だから、優しくしてくれる父親に従ってしまったのかもしれない。歪んだ性欲を処理するために金で自分を買った相手なのにな」

 父親という言葉にふと心を過る顔は、実の父ではなく、古家泰斗の顔だった。瞳の中の昏い穴を隠しもせずに、恍惚とした表情で自分を抱く男の顔だ。彼女の目には自分を抱くその男の顔がどんなふうに映っていたのだろうか。

「それでも。だ。
 絞り込んだ12人のうち、俺を含む8人がハウンド。3人が警察官。1人は一般人だ。彼女の他に不審な点がある人間はいなかった。もちろん、ファッションショーにも、キングスクラウンにも、モデル事務所にも、過去につながりを持つものは誰もいない。
 もう一人の警察官は本庁から派遣されてきた人物だ。出身も県外で今回の件との繋がりを見つけることはできない。
 全てを考慮に入れた上で、裏切り者は真鍋凛だと判断した」

 スイの言葉に、くっくっ。と、ケンジの喉が鳴る。

「すごいね。スイさんやっぱりあんた最高だ。その通りだよ。リンちゃんは俺たちの仲間。
 あの子さ。すごいんだぜ? 父親の子供3回も堕ろしてるんだ。それでも、父親に絶対服従。別に暴力を振るわれているわけでもないんだぜ? 『どうして、従うのか』って聞いたら、あの子なんて言ったと思う?」

 嫌な笑いだ。聞きたくもなかった。
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