遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

23 独白 2

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 いつも通用口に使っている資材搬入口を出ようとすると、そこにケンジがいた。

「スイさん!」

 スイの顔を見るなり、駆け寄ってくる。その手にはスイのPCバッグがあった。

「変質者に襲われたって聞いたけど……大丈夫?」

 酷く取り乱した様子で、その顔は血の気が引いたように白かった。しかし、あの昏い瞳は見えない。

「平気。俺は……なんともないよ」

 被害者の女性のことを思う。
 どんなに恐ろしかっただろう。どんなに辛かっただろう。誰も助けに来てくれない諦めの中で、一緒にいた人間がただの肉の塊になって、しかも、それを口にする男の傍にいなければならないことが、どんなに苦痛だったかを考えると、胸が痛んだ。

「……何ともないって……顔じゃないよ?」

 気持ちは顔に出ていたと思う。今は、作り笑いすら浮かべることはできない。

「ごめん。今日。約束してたけど……食欲ないから……」

 目線を逸らしてそういうと、ケンジはわざと作ったような明るい顔になった。

「そんなのいいって。そんな気分になれるわけないよね? あ。そだ。家まで送るよ? これ、スイさんの荷物もってきといたから」

 ケンジの問いかけにスイは首を振った。

「帰らない……一人になるの嫌だし。ネカフェでも行こうと思ってる」

 荷物は受け取って、歩き出そうとすると、その手をケンジが掴んだ。

「あ」

 思わず身体がびくりと震える。しかし、ケンジの手が離れることはなかった。

「スイさん。一人になんてできない。ね。俺の部屋においでよ? こないだ言っただろ? 田川通りの方に部屋借りてるって。俺、ずっとスイさんの傍にいるよ?」

 俯いて唇を噛む。しばし逡巡していると、耳元にケンジの唇がよる。

「スイさんのこと守りたいんだ」

 耳元に囁かれて、スイは頷いた。それから、手を引かれるまま歩きだす。
 賑やかな喧騒の中に二人は消えて行った。
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