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Internally Flawless
21 醜悪 1
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◇翡翠◇
アキにこれからスイがしようとしていることがあると話したことは、スイにとっては退路を断つような行為だと思う。もちろん、やっぱりやめると言ったら、アキはその方がいいと賛同してくれるだろう。けれど、多分自分自身はそれを許すことはできない。彼に嘘はつきたくない。だから、彼の話した以上、この『作戦』が終わるまでは逃げたりはしない。
彼に話したということは、スイにとってそういう意味のあることだった。
「スイさん」
2・3歩前を歩くリンがおずおずと声をかけてくる。ちら。と振り返る顔は何か言いたそうで、でもそれを言いにくそうに見えた。
「あの……伺ってもよろしいですか?」
それでも、彼女は結局聞くことにしたようだった。
「レイさんの護衛の方とお知合いなんですか?」
当然の疑問だと思う。聞かれたくはなかったが、別に知り合いだということも、それを黙っていたことも咎められるようなことではない。
「うん。少しだけ」
けれど、スイは言葉を濁した。本当のことを話さなければいけない理由もなかったからだ。
「そうなんですか……。……あの……本当にごめんなさい」
彼女なりにスイの言葉がはっきりとしない理由を察したのか、それともスイの口数が少ないことを怒ってると勘違いしたのだろうか。リンは躊躇いがちに言った。
「……私のせいで、そんなお怪我をさせてしまって。レイさんがあんなに怒るとは思わなくて……」
彼女は昨日の出来事を知らないのだろうか。スイは思う。スイが自分で言うのもなんだが、昨日のレイとの一悶着はかなり有名な話になっている。恐らく、このショーに係わっている人間で知らないものはほとんどいない。と言うほどに周知の事実となっていた。舞台スタッフの殆どが会場にいたし、いなかった人たちも噂を聞いて、スイを見物に来るほどだった。
そんな中でリンは一体何をしていたのだろう。不在時に会った出来事を雑談として話せるような相手すら彼女にはいないのだろうか。
「や。いいよ。でも、悪いと思っているなら、一つお願いがあるんだけど……」
訝しくは思ったが、口にも表情にも出しはしない。かわりに、肩にかかったアキの上着を引き寄せて、スイは言った。
「あの護衛の人。アキ君と俺が知り合いだってことは内緒にしておいてもらえるかな?」
もう、隠す必要はないのかもしれない。どんな結末になるにしろ、決着はもうすぐ着くと思う。だから、これは形式。いや。予定調和の意味を持っていた。この場ではこういうべきなのだという固定観念のようなものが根底にある。
「え? はあ。スイさんがそうおっしゃるなら」
なんで? と、聞き返されるのが普通だと思う。けれど、リンは聞き返すことをしなかった。有名大学出身で勉強はできるはずなのだが、どこか抜けている子だと思う。人に言われたことに疑問を持たない。
「あ。更衣室はこちらです。中にシャワールームもあります。個室になっているので、使用中の札を出して、鍵をかけて使用してくださいね。でないと、間違って開けられてしまったりするので」
ドアはなく、公衆トイレなどにあるような、互い違いになった目隠しの壁の向こうにカーテンがかかっている作りだった。
モデルが控室に使っている部屋は四角形の南側の辺にあって、全ての部屋に南向きの窓がある。もちろん、レイの部屋も例外ではない。その廊下の内側、レイの部屋の向かいには大階段がある。
そして、更衣室はその対面の北側の廊下の隅にあった。この廊下側にはあまり人の姿がない。おそらく、使わない衣装の置き場所になっているらしく、たまにキングスクラウンのスタッフジャンパーを着た人が衣装を抱えて通り過ぎるのが見える。
「これ。タオルです。着替えは……もってらっしゃいませんよね……どうしましょうか」
リンが尋ねた時に、カズとアキが呼んでいた金髪の青年が四角になった廊下の角を曲がってくるのが見えた。
アキにこれからスイがしようとしていることがあると話したことは、スイにとっては退路を断つような行為だと思う。もちろん、やっぱりやめると言ったら、アキはその方がいいと賛同してくれるだろう。けれど、多分自分自身はそれを許すことはできない。彼に嘘はつきたくない。だから、彼の話した以上、この『作戦』が終わるまでは逃げたりはしない。
彼に話したということは、スイにとってそういう意味のあることだった。
「スイさん」
2・3歩前を歩くリンがおずおずと声をかけてくる。ちら。と振り返る顔は何か言いたそうで、でもそれを言いにくそうに見えた。
「あの……伺ってもよろしいですか?」
それでも、彼女は結局聞くことにしたようだった。
「レイさんの護衛の方とお知合いなんですか?」
当然の疑問だと思う。聞かれたくはなかったが、別に知り合いだということも、それを黙っていたことも咎められるようなことではない。
「うん。少しだけ」
けれど、スイは言葉を濁した。本当のことを話さなければいけない理由もなかったからだ。
「そうなんですか……。……あの……本当にごめんなさい」
彼女なりにスイの言葉がはっきりとしない理由を察したのか、それともスイの口数が少ないことを怒ってると勘違いしたのだろうか。リンは躊躇いがちに言った。
「……私のせいで、そんなお怪我をさせてしまって。レイさんがあんなに怒るとは思わなくて……」
彼女は昨日の出来事を知らないのだろうか。スイは思う。スイが自分で言うのもなんだが、昨日のレイとの一悶着はかなり有名な話になっている。恐らく、このショーに係わっている人間で知らないものはほとんどいない。と言うほどに周知の事実となっていた。舞台スタッフの殆どが会場にいたし、いなかった人たちも噂を聞いて、スイを見物に来るほどだった。
そんな中でリンは一体何をしていたのだろう。不在時に会った出来事を雑談として話せるような相手すら彼女にはいないのだろうか。
「や。いいよ。でも、悪いと思っているなら、一つお願いがあるんだけど……」
訝しくは思ったが、口にも表情にも出しはしない。かわりに、肩にかかったアキの上着を引き寄せて、スイは言った。
「あの護衛の人。アキ君と俺が知り合いだってことは内緒にしておいてもらえるかな?」
もう、隠す必要はないのかもしれない。どんな結末になるにしろ、決着はもうすぐ着くと思う。だから、これは形式。いや。予定調和の意味を持っていた。この場ではこういうべきなのだという固定観念のようなものが根底にある。
「え? はあ。スイさんがそうおっしゃるなら」
なんで? と、聞き返されるのが普通だと思う。けれど、リンは聞き返すことをしなかった。有名大学出身で勉強はできるはずなのだが、どこか抜けている子だと思う。人に言われたことに疑問を持たない。
「あ。更衣室はこちらです。中にシャワールームもあります。個室になっているので、使用中の札を出して、鍵をかけて使用してくださいね。でないと、間違って開けられてしまったりするので」
ドアはなく、公衆トイレなどにあるような、互い違いになった目隠しの壁の向こうにカーテンがかかっている作りだった。
モデルが控室に使っている部屋は四角形の南側の辺にあって、全ての部屋に南向きの窓がある。もちろん、レイの部屋も例外ではない。その廊下の内側、レイの部屋の向かいには大階段がある。
そして、更衣室はその対面の北側の廊下の隅にあった。この廊下側にはあまり人の姿がない。おそらく、使わない衣装の置き場所になっているらしく、たまにキングスクラウンのスタッフジャンパーを着た人が衣装を抱えて通り過ぎるのが見える。
「これ。タオルです。着替えは……もってらっしゃいませんよね……どうしましょうか」
リンが尋ねた時に、カズとアキが呼んでいた金髪の青年が四角になった廊下の角を曲がってくるのが見えた。
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