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Internally Flawless
20 敵地 3
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◇翡翠◇
モデルの控室になっている上のフロアへ上がるには、セキュリティカードが必要だった。レイへの殺害予告への対策というだけではなく、大衆に顔を晒しているモデルには様々な意味で危険が付きまとう。大抵のショーなどでは演者は安全のために隔離された場所に控室を構えていた。
階段を上がると、ゲートがあった。眠そうな警備員がパイプ椅子に座ったまま、セキュリティカードの提示を求める。リンがそれを見せると、50代くらいの警備員は一応という体でそれを一瞥した。それだけでしっかり確認した様子はない。ないのだけれど、彼はそれで職責の全てを成しとけたようにスイ達を内側に招き入れる。こんなものがセキュリティというなら、必要なんかないのではと、スイは小さくため息を吐いた。
階段を上がりきった先には左右に長い廊下が続いていた。そこは会議室のような部屋がいくつもあるフロアだった。正方形に繋がっている廊下の内側と外側両方に幾つものドアが並んでいる。
廊下に視線を走らせると、少し離れたところに、とても目立つ白髪、黒服が見える。アキだ。彼はもう一人の背の高い金髪の黒いスーツの人物と話をしていた。
昨夜会ったばかりなのに、その顔が見られてすごく嬉しくなる。外で見るアキは。いや、仕事中のアキはいつもにもましてきりっとしてカッコよかった。
「あの方がレイさんの警護の方です。でも、気をつけて。スイさんとお話しているところを見られたら、レイさんがすごく不機嫌になってしまうので」
リンの言葉に頷いて歩き出すと、すぐにアキともう一人の人物がこちらに気付いた。アキは少しだけ驚いた顔をしてから、優しく笑ってくれた。
「あの……買いだし行ってきました」
おずおずとリンが金髪の青年に言う。多分、アキに話しかけて、またレイに見咎められるのを恐れているのだろう。
「わかりました」
金髪の青年がリンに応えて、会議室のドアをノックする。今日は衣装合わせなので、中に入るのは遠慮しているのだろう。
リンと、金髪の青年に気付かれないように、ちら。と、アキの顔を覗き見ると、サングラスを外したアキもスイの方を見ていた。視線があったのが嬉しい。
アキの顔が見られただけで、今朝の嫌な気持ちが少し薄らいでいるのを感じる。さっき自分のことを優先させたことを後悔したばかりなのに。と、現金な自分に少し罪悪感を感じた。
「入っていいわよ」
ドアの向こうから、昨日同様、大柄な言葉が返ってきた。
「あの……す……すみません。コーヒーなんですが……」
ドアを開けた途端。リンは深く頭を下げた。
レイはにやにや。と、表現するのが相応しい笑いを浮かべている。リンが困っているのが楽しくて仕方ないとその笑顔が語っている。嫌な笑いだ。スタッフの評判がよくない理由も頷けた。
「買ってきてくれたのよねえ?」
コーヒーなんて、どこのものでも多分レイにはどうでもいいのだろう。現に彼女は湯気の立ったコーヒーカップを持っている。
心底、鬱陶しい。スイは思う。それでなくても他人より幸せなくせに、他人の不幸で愉快な気分になれる精神構造なんて理解できるわけがないし、忙しいのに下らないことに巻き込まれて貴重な時間を割かれることに、次第にイライラが増してくる。
わざとらしく、スイは大きなため息を吐いたのと、レイの緑柱石の瞳がスイを捉えたのは、同時だった。
「なんであんたがいるのよ!」
ヒステリックな叫び声とともに、彼女は手に持ったカップを投げつけてきた。多分、スイを狙ったはずだ。けれど、それは真っ直ぐにリンの方に向かっていた。
「あぶな……っ」
モデルの控室になっている上のフロアへ上がるには、セキュリティカードが必要だった。レイへの殺害予告への対策というだけではなく、大衆に顔を晒しているモデルには様々な意味で危険が付きまとう。大抵のショーなどでは演者は安全のために隔離された場所に控室を構えていた。
階段を上がると、ゲートがあった。眠そうな警備員がパイプ椅子に座ったまま、セキュリティカードの提示を求める。リンがそれを見せると、50代くらいの警備員は一応という体でそれを一瞥した。それだけでしっかり確認した様子はない。ないのだけれど、彼はそれで職責の全てを成しとけたようにスイ達を内側に招き入れる。こんなものがセキュリティというなら、必要なんかないのではと、スイは小さくため息を吐いた。
階段を上がりきった先には左右に長い廊下が続いていた。そこは会議室のような部屋がいくつもあるフロアだった。正方形に繋がっている廊下の内側と外側両方に幾つものドアが並んでいる。
廊下に視線を走らせると、少し離れたところに、とても目立つ白髪、黒服が見える。アキだ。彼はもう一人の背の高い金髪の黒いスーツの人物と話をしていた。
昨夜会ったばかりなのに、その顔が見られてすごく嬉しくなる。外で見るアキは。いや、仕事中のアキはいつもにもましてきりっとしてカッコよかった。
「あの方がレイさんの警護の方です。でも、気をつけて。スイさんとお話しているところを見られたら、レイさんがすごく不機嫌になってしまうので」
リンの言葉に頷いて歩き出すと、すぐにアキともう一人の人物がこちらに気付いた。アキは少しだけ驚いた顔をしてから、優しく笑ってくれた。
「あの……買いだし行ってきました」
おずおずとリンが金髪の青年に言う。多分、アキに話しかけて、またレイに見咎められるのを恐れているのだろう。
「わかりました」
金髪の青年がリンに応えて、会議室のドアをノックする。今日は衣装合わせなので、中に入るのは遠慮しているのだろう。
リンと、金髪の青年に気付かれないように、ちら。と、アキの顔を覗き見ると、サングラスを外したアキもスイの方を見ていた。視線があったのが嬉しい。
アキの顔が見られただけで、今朝の嫌な気持ちが少し薄らいでいるのを感じる。さっき自分のことを優先させたことを後悔したばかりなのに。と、現金な自分に少し罪悪感を感じた。
「入っていいわよ」
ドアの向こうから、昨日同様、大柄な言葉が返ってきた。
「あの……す……すみません。コーヒーなんですが……」
ドアを開けた途端。リンは深く頭を下げた。
レイはにやにや。と、表現するのが相応しい笑いを浮かべている。リンが困っているのが楽しくて仕方ないとその笑顔が語っている。嫌な笑いだ。スタッフの評判がよくない理由も頷けた。
「買ってきてくれたのよねえ?」
コーヒーなんて、どこのものでも多分レイにはどうでもいいのだろう。現に彼女は湯気の立ったコーヒーカップを持っている。
心底、鬱陶しい。スイは思う。それでなくても他人より幸せなくせに、他人の不幸で愉快な気分になれる精神構造なんて理解できるわけがないし、忙しいのに下らないことに巻き込まれて貴重な時間を割かれることに、次第にイライラが増してくる。
わざとらしく、スイは大きなため息を吐いたのと、レイの緑柱石の瞳がスイを捉えたのは、同時だった。
「なんであんたがいるのよ!」
ヒステリックな叫び声とともに、彼女は手に持ったカップを投げつけてきた。多分、スイを狙ったはずだ。けれど、それは真っ直ぐにリンの方に向かっていた。
「あぶな……っ」
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