304 / 414
Internally Flawless
19 変転 5
しおりを挟む
「スイさん! ここにいたんだ! 今日、遅刻したって聞いた。もしかして、具合悪いの?」
ケンジが近づいてくる。ちら。と、ナオの出て行った方を見てから、スイはケンジの方に視線を戻した。そこでぎょっとする。
「……や。別に……ねぼうしただけ……」
ケンジの瞳に以前に見た時よりはっきりと昏い穴が見えた。気のせいではない。まるで、スイを監禁していた時のタイトのような瞳だった。
何とか返答したが声は震えていたかもしれない。自分の帰した答えに意味があったのかすら、後から思い出せないほど動揺していた。
「スイさんも寝坊とかするんだ」
笑顔も、態度も昨日までと変わりない。けれど、瞳だけが違う。それだけで、全てが違って見える。
あの監禁されていた日々が心に過って、背筋に冷たいものが流れる。指先が冷たい。
目の前の男は誰だ?
本当にケンジなのか。
自問するが答えはなかった。
「あ。俺、遅刻したから、仕事……急がないと」
思わずその瞳から視線を逸らしていた。逸らしてはいけないと分かってはいる。逸らしては危険だと分かってはいるのだ。
けれど、逸らさずにはいられない。なんとか、ここから逃げ出したい。
「待ってよ」
立ち去ろうとしたスイの手をケンジの手が掴む。スイの手も冷え切っていたはずなのに、その手はぞっとするほど冷たかった。
「や。はな……し……っ」
それも、あの時のタイトを思わせて、脳裏によみがえった恐怖と嫌悪感にスイは覆わずその手を振り払っていた。振り払ってしまってから、まずい。と、思う。けれど、恐る恐るケンジの表情を窺うと、嘘のようにあの昏い穴は消えていた。
「そんな風に……振り払わないでよ。俺がスイさんのこと好きだって知ってるんだろ? 拒絶しないで?」
懇願するように言うケンジはいつものケンジだった。否、さっきまでのケンジも、ケンジには違いない。昏い穴のように見える瞳以外はいつものケンジだった。けれど、今のケンジはいつも通りのどこにでもいる普通の大学生然とした青年そのものだった。
そんな彼を見ていると、さっきまでの昏い瞳が気のせいだったかのように、思えてくる。昏い穴が見えているのは自分だけなのかもしれない。スイは思う。一方的に好意を向けられる不快な感覚が、あの男とダブってそんなふうに見えてしまっただけなのだろうか。
「……ごめん。別に拒絶してるわけじゃ……」
掠れた声で呟くと、今度はゆっくりと手を握られた。さっきまでの冷たさが嘘のように普通の体温を感じる。自分の感覚が信じられなくなって、スイは混乱した。
「あ。俺こそ、ごめん。でもさ。もうすぐこの仕事終わったら、スイさんと毎日会ったりできなくなるだろ? だから、俺焦っちゃって。ね。今日、ランチじゃなくて、夜一緒に飯行こうよ? おとといはできなかった話もしたいな」
それでも、する。と、手から腕に指先が移動するのが、堪らなく不快で、けれど、逆らえなくて、スイは身を固くした。
「……や。えと。考えとく」
ケンジが近づいてくる。ちら。と、ナオの出て行った方を見てから、スイはケンジの方に視線を戻した。そこでぎょっとする。
「……や。別に……ねぼうしただけ……」
ケンジの瞳に以前に見た時よりはっきりと昏い穴が見えた。気のせいではない。まるで、スイを監禁していた時のタイトのような瞳だった。
何とか返答したが声は震えていたかもしれない。自分の帰した答えに意味があったのかすら、後から思い出せないほど動揺していた。
「スイさんも寝坊とかするんだ」
笑顔も、態度も昨日までと変わりない。けれど、瞳だけが違う。それだけで、全てが違って見える。
あの監禁されていた日々が心に過って、背筋に冷たいものが流れる。指先が冷たい。
目の前の男は誰だ?
本当にケンジなのか。
自問するが答えはなかった。
「あ。俺、遅刻したから、仕事……急がないと」
思わずその瞳から視線を逸らしていた。逸らしてはいけないと分かってはいる。逸らしては危険だと分かってはいるのだ。
けれど、逸らさずにはいられない。なんとか、ここから逃げ出したい。
「待ってよ」
立ち去ろうとしたスイの手をケンジの手が掴む。スイの手も冷え切っていたはずなのに、その手はぞっとするほど冷たかった。
「や。はな……し……っ」
それも、あの時のタイトを思わせて、脳裏によみがえった恐怖と嫌悪感にスイは覆わずその手を振り払っていた。振り払ってしまってから、まずい。と、思う。けれど、恐る恐るケンジの表情を窺うと、嘘のようにあの昏い穴は消えていた。
「そんな風に……振り払わないでよ。俺がスイさんのこと好きだって知ってるんだろ? 拒絶しないで?」
懇願するように言うケンジはいつものケンジだった。否、さっきまでのケンジも、ケンジには違いない。昏い穴のように見える瞳以外はいつものケンジだった。けれど、今のケンジはいつも通りのどこにでもいる普通の大学生然とした青年そのものだった。
そんな彼を見ていると、さっきまでの昏い瞳が気のせいだったかのように、思えてくる。昏い穴が見えているのは自分だけなのかもしれない。スイは思う。一方的に好意を向けられる不快な感覚が、あの男とダブってそんなふうに見えてしまっただけなのだろうか。
「……ごめん。別に拒絶してるわけじゃ……」
掠れた声で呟くと、今度はゆっくりと手を握られた。さっきまでの冷たさが嘘のように普通の体温を感じる。自分の感覚が信じられなくなって、スイは混乱した。
「あ。俺こそ、ごめん。でもさ。もうすぐこの仕事終わったら、スイさんと毎日会ったりできなくなるだろ? だから、俺焦っちゃって。ね。今日、ランチじゃなくて、夜一緒に飯行こうよ? おとといはできなかった話もしたいな」
それでも、する。と、手から腕に指先が移動するのが、堪らなく不快で、けれど、逆らえなくて、スイは身を固くした。
「……や。えと。考えとく」
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます
運命の息吹
梅川 ノン
BL
ルシアは、国王とオメガの番の間に生まれるが、オメガのため王子とは認められず、密やかに育つ。
美しく育ったルシアは、父王亡きあと国王になった兄王の番になる。
兄王に溺愛されたルシアは、兄王の庇護のもと穏やかに暮らしていたが、運命のアルファと出会う。
ルシアの運命のアルファとは……。
西洋の中世を想定とした、オメガバースですが、かなりの独自視点、想定が入ります。あくまでも私独自の創作オメガバースと思ってください。楽しんでいただければ幸いです。

彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる