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Internally Flawless
19 変転 3
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「ねえ。アキ」
アキの腕に腕を絡めてくる女の香水の匂い。スイの甘くて優しい香りが消されていくようで苛立ちを覚える。しかもこの女に『アキ』と呼ばれるのは心底不快だ。そう呼んでいいのは、アキ自身が許した相手だけだ。
この仕事は報酬は相場よりかなりいいので、警察に恩を売るためには付き合ってやろう。という程度の認識だった。どちらかというとアキにとって本命の仕事は事務所の動きを探る方だ。こちらのほうには殆ど手がつかなかったが、実はこの事務所の中にも別口の潜入捜査が入っている。
命を狙われているはずのレイがうろちょろしないでくれれば簡単なお仕事だったはずだ。
「今日は仕事はいや。どこかに連れて行ってよ」
こいつがまともに仕事をしているところなんて、写真を撮られているところしか見たことがないとアキは思う。それも、1週間に1回ほどだ。後は事務所に来て、スタッフにどなり散らして、買い物か、エステか、ネイルサロンか、クラブに行く程度だ。面倒くさいことに警備班はその全部につきあわされる。
大体、撮影があるというから、わざわざ4時に起きて仕事に来たというのに、なんで好きでもない相手をどこかに連れて行かないといけないのか理解に苦しむ。もちろん。スイの願いなら4時だろうと3時だろうとどこへでも行くのだが、仕事でないなら心底帰りたい。
「オコトワリシマス」
プライベートでこの女と付き合いたいもの好きがいるなら、よっぽどのドMだと思う。アキは願い下げだ。
「……その言い方……」
機嫌が悪いならどなり散らすか、そうでないなら人の話なんて聞かずに行き先を決めるか、どちらかだと思っていた。しかし、意外にもレイは小さく呟いて黙り込んだ。
「あの『希少種』って……あの声……」
そのまま、何かを考え込んでしまう。記憶を探るように緑色の瞳が彷徨った。
「……ああ。そう。あの時の。じゃあ。アイツが……」
それから、は。っとして、何かを納得したようにレイは頷いた。緑色に見えていた瞳が一際暗い、例えるならカラスの羽根のような色味に変わって、アキは嫌悪感に眉を顰めた。
「そう。そうなの。おもしろいじゃない」
ひとりでくすくすとレイが笑う。底意地の悪い笑いだった。
もう何度言ったか分からないが、アキはこの女が大嫌いだ。こんな笑い方をしている時は、大抵誰かを傷つける算段をしている時だ。犯罪すれすれの、いや、最早犯罪ですらあるような悪意しかない嫌がらせを彼女は思い付いたのだろう。
「いいわ。アキ。面白いことを思い付いたから、今日は仕事をしてあげる」
腰に手を当て、ふんぞり返って、にっこりと笑って、レイは宣言した。
別にアキはレイが仕事をサボろうと、真面目に仕事をしようとどうでもいい。それを、『してあげる』などと言われるのは、かなり不本意だ。
「早く用意して。移動するわ」
最早返事をするのも億劫だ。ため息をついて、アキは運転用のメガネをサングラスに替えた。
アキの腕に腕を絡めてくる女の香水の匂い。スイの甘くて優しい香りが消されていくようで苛立ちを覚える。しかもこの女に『アキ』と呼ばれるのは心底不快だ。そう呼んでいいのは、アキ自身が許した相手だけだ。
この仕事は報酬は相場よりかなりいいので、警察に恩を売るためには付き合ってやろう。という程度の認識だった。どちらかというとアキにとって本命の仕事は事務所の動きを探る方だ。こちらのほうには殆ど手がつかなかったが、実はこの事務所の中にも別口の潜入捜査が入っている。
命を狙われているはずのレイがうろちょろしないでくれれば簡単なお仕事だったはずだ。
「今日は仕事はいや。どこかに連れて行ってよ」
こいつがまともに仕事をしているところなんて、写真を撮られているところしか見たことがないとアキは思う。それも、1週間に1回ほどだ。後は事務所に来て、スタッフにどなり散らして、買い物か、エステか、ネイルサロンか、クラブに行く程度だ。面倒くさいことに警備班はその全部につきあわされる。
大体、撮影があるというから、わざわざ4時に起きて仕事に来たというのに、なんで好きでもない相手をどこかに連れて行かないといけないのか理解に苦しむ。もちろん。スイの願いなら4時だろうと3時だろうとどこへでも行くのだが、仕事でないなら心底帰りたい。
「オコトワリシマス」
プライベートでこの女と付き合いたいもの好きがいるなら、よっぽどのドMだと思う。アキは願い下げだ。
「……その言い方……」
機嫌が悪いならどなり散らすか、そうでないなら人の話なんて聞かずに行き先を決めるか、どちらかだと思っていた。しかし、意外にもレイは小さく呟いて黙り込んだ。
「あの『希少種』って……あの声……」
そのまま、何かを考え込んでしまう。記憶を探るように緑色の瞳が彷徨った。
「……ああ。そう。あの時の。じゃあ。アイツが……」
それから、は。っとして、何かを納得したようにレイは頷いた。緑色に見えていた瞳が一際暗い、例えるならカラスの羽根のような色味に変わって、アキは嫌悪感に眉を顰めた。
「そう。そうなの。おもしろいじゃない」
ひとりでくすくすとレイが笑う。底意地の悪い笑いだった。
もう何度言ったか分からないが、アキはこの女が大嫌いだ。こんな笑い方をしている時は、大抵誰かを傷つける算段をしている時だ。犯罪すれすれの、いや、最早犯罪ですらあるような悪意しかない嫌がらせを彼女は思い付いたのだろう。
「いいわ。アキ。面白いことを思い付いたから、今日は仕事をしてあげる」
腰に手を当て、ふんぞり返って、にっこりと笑って、レイは宣言した。
別にアキはレイが仕事をサボろうと、真面目に仕事をしようとどうでもいい。それを、『してあげる』などと言われるのは、かなり不本意だ。
「早く用意して。移動するわ」
最早返事をするのも億劫だ。ため息をついて、アキは運転用のメガネをサングラスに替えた。
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