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Internally Flawless
18 蜜月 5
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「ごめんな。ホント……大事な時に無理させた」
スイの後ろにあるソファの背もたれに寄り掛かって、申し訳なさそうにアキが言う。その声が普段の家にいる時の穏やかな声に戻っていて、やっぱり残念に思ったり、堪らなくカッコイイと思ったり、寛いでくれるのが幸せに思えたりした。
「だから、大丈夫だって。アキ君心配しすぎ。俺、アキ君が思ってるよりずっと頑丈にできてるよ? それに、アキ君が来てくれてすごく嬉しかったんだから、それでいいだろ?」
手際良く野菜を切って、数日前に仕込んでおいたパンチェッタと一緒に土鍋に放り込んで煮込むだけの簡単なポトフに、冷凍しておいたデニッシュを出してオーブンで焼き直す。
「でも、これが知れたら、ユキになんて言われるか……」
ぼそり。と、小声でアキが言った。
「ユキ君。今、仕事?」
ぐつぐつと、土鍋が音を立てる。コンソメのいい香りが漂ってきた。
「ん。12時までのいつ帰ってこられることか……。姫様の我儘次第」
姫様。という言葉に昼間の一件を思い出す。言いたいこと言えてすっきりしたけれど、やっぱり、あの人が二人の傍にいるのは嫌だ。
彼女は確かに性格はかなりアレだが、かなりの美人な上に、押しの強さは大型重機並みだ。その上、自分が振られるとか、相手にされないとか、考えてもいないポジティブシンキング。周りのおっさんたちも彼女の言うことをなんでもきいてやろうとしているのが分かる。
このままいくと、二人の貞操(謎)まで危ういのではないかと不安になる。
「ユキには内緒にしといてくれる?」
ふと、レイのことを考え込んでいたらしい。アキにそう声をかけられて、スイははっとした。
「え? 内緒にしてても、多分ユキ君は気付くと思うけど……」
レイのことを考えていたのは知られたくない。だから、スイは慌てて答えた。慌てていても答えは間違ってはいないと思う。
「ユキ君。結構鋭いから」
そう言って、ちらりと後ろを窺うと、アキは少し複雑そうな顔をしていた。
別に知られるのが怖いわけでないだろう。どちらかというと、ユキに遠慮しているのだ。あんまりスイを独占すると、彼の弟は拗ねてしまう。口には出さないけれど、とても弟思いの彼が、スイを優しく抱くのは、スイのためでもあるけれど、夜の余韻を残したスイを弟に見せたくないのも理由の一つだと思う。
「あー。それな……やっぱ、バレるかな」
隠していたら、きっとバレた時にユキが傷つくと思う。嘘をつかないのはルールにはないけれど、当たり前の前提だ。
「ユキ君に嘘つきたくないから。でも、俺が引き留めたんだから、俺からLINEしとくよ」
コンロの火を止めて、振り返ると、アキはやっぱり複雑な顔をしていた。
「や。……やっぱ自分で言うわ。てか。俺が我慢できなかったのがわりい。スイさんのせいにはしたくない。飯食ったら帰るな」
帰る。という言葉に、また、少し寂しくなってしまった。
喧嘩をして、寂しい思いをして、夢を見て、怖い思いをして、仲直りして、幸せ過ぎて、贅沢になっているのだとスイは思う。あと数日なのに、離れるのが辛い。少しでも長くそばにいたい。
「その顔は駄目。笑ってよ」
頬に触れた手で顔を上げさせられて、ちゅ。と可愛い音がするキスをされた。
「無理言うなよ。寂しいんだから……しょうがないだろ」
甘やかされ過ぎて思わず漏れた本音に、アキが少し驚いたような顔をした。
「あ。や。そうじゃなくて……や。その。寂しいのは……ほんと……なんだけど。我儘言って、ごめんけど。……も。ちょっとだけ」
アキの服の裾をぎゅっと握ってそう言うと、アキがすごく優しく笑う。そのアキの表情を見ていると、もう少し。と、スイの願いがアキの願いと同じだったのだと、確信できた。
「ん。も。ちょっとだけな」
それから、アキがスイの部屋を出たのはほんの『ちょっと』の2時間後だった。
スイの後ろにあるソファの背もたれに寄り掛かって、申し訳なさそうにアキが言う。その声が普段の家にいる時の穏やかな声に戻っていて、やっぱり残念に思ったり、堪らなくカッコイイと思ったり、寛いでくれるのが幸せに思えたりした。
「だから、大丈夫だって。アキ君心配しすぎ。俺、アキ君が思ってるよりずっと頑丈にできてるよ? それに、アキ君が来てくれてすごく嬉しかったんだから、それでいいだろ?」
手際良く野菜を切って、数日前に仕込んでおいたパンチェッタと一緒に土鍋に放り込んで煮込むだけの簡単なポトフに、冷凍しておいたデニッシュを出してオーブンで焼き直す。
「でも、これが知れたら、ユキになんて言われるか……」
ぼそり。と、小声でアキが言った。
「ユキ君。今、仕事?」
ぐつぐつと、土鍋が音を立てる。コンソメのいい香りが漂ってきた。
「ん。12時までのいつ帰ってこられることか……。姫様の我儘次第」
姫様。という言葉に昼間の一件を思い出す。言いたいこと言えてすっきりしたけれど、やっぱり、あの人が二人の傍にいるのは嫌だ。
彼女は確かに性格はかなりアレだが、かなりの美人な上に、押しの強さは大型重機並みだ。その上、自分が振られるとか、相手にされないとか、考えてもいないポジティブシンキング。周りのおっさんたちも彼女の言うことをなんでもきいてやろうとしているのが分かる。
このままいくと、二人の貞操(謎)まで危ういのではないかと不安になる。
「ユキには内緒にしといてくれる?」
ふと、レイのことを考え込んでいたらしい。アキにそう声をかけられて、スイははっとした。
「え? 内緒にしてても、多分ユキ君は気付くと思うけど……」
レイのことを考えていたのは知られたくない。だから、スイは慌てて答えた。慌てていても答えは間違ってはいないと思う。
「ユキ君。結構鋭いから」
そう言って、ちらりと後ろを窺うと、アキは少し複雑そうな顔をしていた。
別に知られるのが怖いわけでないだろう。どちらかというと、ユキに遠慮しているのだ。あんまりスイを独占すると、彼の弟は拗ねてしまう。口には出さないけれど、とても弟思いの彼が、スイを優しく抱くのは、スイのためでもあるけれど、夜の余韻を残したスイを弟に見せたくないのも理由の一つだと思う。
「あー。それな……やっぱ、バレるかな」
隠していたら、きっとバレた時にユキが傷つくと思う。嘘をつかないのはルールにはないけれど、当たり前の前提だ。
「ユキ君に嘘つきたくないから。でも、俺が引き留めたんだから、俺からLINEしとくよ」
コンロの火を止めて、振り返ると、アキはやっぱり複雑な顔をしていた。
「や。……やっぱ自分で言うわ。てか。俺が我慢できなかったのがわりい。スイさんのせいにはしたくない。飯食ったら帰るな」
帰る。という言葉に、また、少し寂しくなってしまった。
喧嘩をして、寂しい思いをして、夢を見て、怖い思いをして、仲直りして、幸せ過ぎて、贅沢になっているのだとスイは思う。あと数日なのに、離れるのが辛い。少しでも長くそばにいたい。
「その顔は駄目。笑ってよ」
頬に触れた手で顔を上げさせられて、ちゅ。と可愛い音がするキスをされた。
「無理言うなよ。寂しいんだから……しょうがないだろ」
甘やかされ過ぎて思わず漏れた本音に、アキが少し驚いたような顔をした。
「あ。や。そうじゃなくて……や。その。寂しいのは……ほんと……なんだけど。我儘言って、ごめんけど。……も。ちょっとだけ」
アキの服の裾をぎゅっと握ってそう言うと、アキがすごく優しく笑う。そのアキの表情を見ていると、もう少し。と、スイの願いがアキの願いと同じだったのだと、確信できた。
「ん。も。ちょっとだけな」
それから、アキがスイの部屋を出たのはほんの『ちょっと』の2時間後だった。
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