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Internally Flawless
17 会合 1
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◇冬生◇
夕方4時。
モデル事務所に入ると、中はやけにピリピリとしていた。その雰囲気だけで、ああ。あのお姫様がご機嫌斜めなんだなと、ユキには分かった。
彼女のご機嫌は非常に変わりやすい。さっきまで鼻歌を歌っていたと思ったら、急に怒り出して、スタイリストにペットボトルを投げつけたり、カメラマンのアシスタントに暴言を吐いていたかと思ったら、猫なで声で警備担当である自分にしなだれかかってきたりと、正直面倒くさい。
ため息をついてユキはドアを閉めた。
見渡すと、ご機嫌斜めのお姫様はガラスで仕切られた応接室の中にいた。黒の革張りのソファに長い脚を組んで座ってなにやら目の前にいる若い女性を大声で怒鳴りつけている。
もともと、ユキは彼女に殆ど興味がない。というよりも、綺麗系の女の人に興味がない。別に女性が嫌いというわけでも、スイ以外の男が好きというわけでもない。ただ、ユキはどちらかと言うと、綺麗な人より可愛い人が好きで、ああいういかにも気の強そうな人は苦手だった。しかも、ああしてふんぞり返っているのを見ると、余計に皆が彼女を褒めそやす意味がわからない。
いや。そもそも、ユキにはスイしか綺麗にも可愛くも見えてはいないのだ。どんなに綺麗でも、可愛くても、スイ以外は“へのへのもへじ”と書いてあるのと一緒だ。
彼女はその髪の色と瞳の色をかなり自慢にしているらしい。けれど、それにも興味はない。翠の髪だから好きなのではなくて、彼の髪だから翠がいいのだ。たとえ、それが黒でも、赤でも、青でも、色などどうでもいい。言ってしまえば、好きなのはスイで、彼が持っているものは全部自分好みに感じられるユキだった。
あー。もー。帰りたい。
ユキは思う。この仕事は恐ろしく退屈で、窮屈で、面倒だった。その上、この仕事のせいでスイに会うことすらままならない。普段はかなり温和なユキなのだが、かなりのストレスがたまっていた。
ガラス越しに、お姫様の周囲をみると事務所の関係者が皆、彼女の顔色を窺っている。そうして、彼女が怒りだす前に飲み物を用意したり、さりげなく彼女の写真映りのいい雑誌を置いてみたりと、涙ぐましい努力をしていた。
こういう場合は近づかないのが吉だ。別にユキはレイのご機嫌を取らなければならない立場ではない。入口さえ固めてしまえば、警備の仕事はこと足りるのだ。だから、外を警戒するふりをして、ドア付近のパーテーションの陰に隠れた。
「はー。やってらんね」
ため息が漏れる。
大体、この警備。本当にする必要があるのかと思う。
ユキは難しいことを考えるのが苦手だ。考えると眠くなる。しかし、難しく考えなくても、3週間この警備を続けて、本当に殺人予告が実行に移される可能性はほぼゼロだと思う。それは、ただの勘なので、口には出さないし、出したとしてもそれで警備をやめられるはずがないことくらいは分かっている。
けれど、思う。
感じないのだ。戦場で感じる独特の雰囲気。それは、戦技研時代に身体に叩き込まれた全ての『教育』から総合的に導き出した答えだ。計算式をかくことはできない。論理的に証明することはできない。けれど、分かる。としか、言いようがない。
ここは戦場ではない。
だから、敵はいない。だから、退屈で、窮屈だった。
夕方4時。
モデル事務所に入ると、中はやけにピリピリとしていた。その雰囲気だけで、ああ。あのお姫様がご機嫌斜めなんだなと、ユキには分かった。
彼女のご機嫌は非常に変わりやすい。さっきまで鼻歌を歌っていたと思ったら、急に怒り出して、スタイリストにペットボトルを投げつけたり、カメラマンのアシスタントに暴言を吐いていたかと思ったら、猫なで声で警備担当である自分にしなだれかかってきたりと、正直面倒くさい。
ため息をついてユキはドアを閉めた。
見渡すと、ご機嫌斜めのお姫様はガラスで仕切られた応接室の中にいた。黒の革張りのソファに長い脚を組んで座ってなにやら目の前にいる若い女性を大声で怒鳴りつけている。
もともと、ユキは彼女に殆ど興味がない。というよりも、綺麗系の女の人に興味がない。別に女性が嫌いというわけでも、スイ以外の男が好きというわけでもない。ただ、ユキはどちらかと言うと、綺麗な人より可愛い人が好きで、ああいういかにも気の強そうな人は苦手だった。しかも、ああしてふんぞり返っているのを見ると、余計に皆が彼女を褒めそやす意味がわからない。
いや。そもそも、ユキにはスイしか綺麗にも可愛くも見えてはいないのだ。どんなに綺麗でも、可愛くても、スイ以外は“へのへのもへじ”と書いてあるのと一緒だ。
彼女はその髪の色と瞳の色をかなり自慢にしているらしい。けれど、それにも興味はない。翠の髪だから好きなのではなくて、彼の髪だから翠がいいのだ。たとえ、それが黒でも、赤でも、青でも、色などどうでもいい。言ってしまえば、好きなのはスイで、彼が持っているものは全部自分好みに感じられるユキだった。
あー。もー。帰りたい。
ユキは思う。この仕事は恐ろしく退屈で、窮屈で、面倒だった。その上、この仕事のせいでスイに会うことすらままならない。普段はかなり温和なユキなのだが、かなりのストレスがたまっていた。
ガラス越しに、お姫様の周囲をみると事務所の関係者が皆、彼女の顔色を窺っている。そうして、彼女が怒りだす前に飲み物を用意したり、さりげなく彼女の写真映りのいい雑誌を置いてみたりと、涙ぐましい努力をしていた。
こういう場合は近づかないのが吉だ。別にユキはレイのご機嫌を取らなければならない立場ではない。入口さえ固めてしまえば、警備の仕事はこと足りるのだ。だから、外を警戒するふりをして、ドア付近のパーテーションの陰に隠れた。
「はー。やってらんね」
ため息が漏れる。
大体、この警備。本当にする必要があるのかと思う。
ユキは難しいことを考えるのが苦手だ。考えると眠くなる。しかし、難しく考えなくても、3週間この警備を続けて、本当に殺人予告が実行に移される可能性はほぼゼロだと思う。それは、ただの勘なので、口には出さないし、出したとしてもそれで警備をやめられるはずがないことくらいは分かっている。
けれど、思う。
感じないのだ。戦場で感じる独特の雰囲気。それは、戦技研時代に身体に叩き込まれた全ての『教育』から総合的に導き出した答えだ。計算式をかくことはできない。論理的に証明することはできない。けれど、分かる。としか、言いようがない。
ここは戦場ではない。
だから、敵はいない。だから、退屈で、窮屈だった。
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