287 / 414
Internally Flawless
16 論破 5
しおりを挟む
「……あなた……お名前は?」
震える声で、レイが言う。表情がひきつっている。怒っているのだろうか。まあ、怒っているのだろう。
「山田水です」
偽名だけどね。と、心の中で付け加える。
ID用に作った偽名の、さらに偽名だ。最早、自分の名前の影すらない。ナオに『なんて名前で登録する?』と聞かれて、すぐそばにあった新聞の一番上にあった名前『山田』にした。水はスイと読めれば何でもよかった。そもそも『スイ』という呼び方も偽名だから、都合がいい。
「できれば、また、お話ししたいわ」
視線が鋭い。つり目だと睨みがきいていいな。と、他人事のように思う。
でも、怖いとは全く感じない。彼女は子供なのだ。なんでも言うことを聞いてくれる大人に囲まれて、大人になりきれない子供だ。子供といっても、天真爛漫で、屈託ないユキとは違う。子供であることの悪い面だけが残ってしまった、性質の悪いガキだ。
「ショーが終わった後にでも、お誘いしていいかしら?」
余裕の頬笑みを作っているつもりかもしれない。けれど、その笑顔は引きつっている。今、この場で感情的な言葉でスイを罵倒することを彼女の富士山。エベレスト、いや、オリンポス山より高いプライドは許してはくれないのだろう。
この期に及んでまだ、スイが自分の思うどおりになると信じて疑わないのだ。
「オコトワリシマス。
年下の可愛い女の子のお誘いに乗ったなんて、恋人にバレたら愛想尽かされるんで」
ぺこりと頭を下げて、またにっこりと笑うと、彼女はひきつった笑いを浮かべて、くるりと背中を向けた。
「じゃあ、もう、会うこともないわね」
なんだかよくわからない捨て台詞をはいて、レイは歩き去ってしまった。
「だと。いいけど。どう思う?」
固まったまま、レイを見送って、ようやく金縛りが解けたようなナオに話しかける。
「スイさん……あれは言いすぎ。てか、あの子マジこわ。スイさん怖くないの?」
少し青ざめてナオが言った。
エリートキャリアのくせに、あんな女の子にビビってどうすんの。と思ってしまう。
「別に。ただのちょっとわがままな女の子だろ?」
「スイさん!!」
そこで横からぎゅっと手を握られて、スイはぎょっとした。
「あのレイにあそこまで言えるなんて!! 感動だ。やっぱり、君は俺の理想の人だ」
何故か目を潤ませて、タイガが詰め寄ってきた。
「えと。や。そういの間に合ってるんで」
握られた手を何とか引き剥がす。
「でもさ。トップモデルにあそこまでいっちゃったら、俺、きっとクビだろうな」
言い過ぎたことは認める。我儘なだけの女の子相手に大人げなかったことも認める。多分、昨日までの嫉妬の分の仕返しだったことも認める。あの電話のせいで、スイはあの悪夢を抱えたまま、丸一日過ごす羽目になったのだ。しかし、仕事のことを考えたら、少し大人しくしていればよかったかとも思う。目立ち過ぎた。
ここで得られる情報は、大体揃ったので、最悪クビになってもどうにでもなるとは思う。けれど、最後の仕上げのことを考えると、どちらかと言えば、ここにいられた方がよかった。と、スイは後悔というほどではないが、反省はしていた。
「君は何の仕事を担当しておるのかね?」
ふと、話に割り込んできたのは、先ほどタイガにホールのオーナーと紹介された人物だった。
「コンピュータ制御の照明の担当です」
スイが答える。そのスイを、頭から足先まで、じっとりと彼の黒い瞳が眺める。まるで、そのしわがれた手で身体を撫でまわされているような不快な視線だった。
「そうかね。安心したまえ。クビになどさせんよ。あの子にはあれくらいのお灸が必要だろう」
その黒い瞳。さっきは強烈な意志。と、表現したのだが、違う。
あの昏い穴だ。この男にも感じる。
今まで、考えたこともなかった。その昏い穴のような瞳の意味。それを少しだけ考えてみる。それは、とても不快な作業だった。
「山田水君だったか?」
しかし、問いかけられて、思考はすぐに途切れた。
答えがすぐそこまで来ていた気がするのに。しかし、一方でほっとする。知らないでいた方がいい気がした。
「はい」
答えたスイの方にぽん、と彼が手を置く。
「仕事。頑張りたまえよ」
その掌が触れた部分に寒気が走る。まるで、氷を押しつけられたような感覚だった。
「……はい」
答えると、男は、背中を向けて、歩き去った。
震える声で、レイが言う。表情がひきつっている。怒っているのだろうか。まあ、怒っているのだろう。
「山田水です」
偽名だけどね。と、心の中で付け加える。
ID用に作った偽名の、さらに偽名だ。最早、自分の名前の影すらない。ナオに『なんて名前で登録する?』と聞かれて、すぐそばにあった新聞の一番上にあった名前『山田』にした。水はスイと読めれば何でもよかった。そもそも『スイ』という呼び方も偽名だから、都合がいい。
「できれば、また、お話ししたいわ」
視線が鋭い。つり目だと睨みがきいていいな。と、他人事のように思う。
でも、怖いとは全く感じない。彼女は子供なのだ。なんでも言うことを聞いてくれる大人に囲まれて、大人になりきれない子供だ。子供といっても、天真爛漫で、屈託ないユキとは違う。子供であることの悪い面だけが残ってしまった、性質の悪いガキだ。
「ショーが終わった後にでも、お誘いしていいかしら?」
余裕の頬笑みを作っているつもりかもしれない。けれど、その笑顔は引きつっている。今、この場で感情的な言葉でスイを罵倒することを彼女の富士山。エベレスト、いや、オリンポス山より高いプライドは許してはくれないのだろう。
この期に及んでまだ、スイが自分の思うどおりになると信じて疑わないのだ。
「オコトワリシマス。
年下の可愛い女の子のお誘いに乗ったなんて、恋人にバレたら愛想尽かされるんで」
ぺこりと頭を下げて、またにっこりと笑うと、彼女はひきつった笑いを浮かべて、くるりと背中を向けた。
「じゃあ、もう、会うこともないわね」
なんだかよくわからない捨て台詞をはいて、レイは歩き去ってしまった。
「だと。いいけど。どう思う?」
固まったまま、レイを見送って、ようやく金縛りが解けたようなナオに話しかける。
「スイさん……あれは言いすぎ。てか、あの子マジこわ。スイさん怖くないの?」
少し青ざめてナオが言った。
エリートキャリアのくせに、あんな女の子にビビってどうすんの。と思ってしまう。
「別に。ただのちょっとわがままな女の子だろ?」
「スイさん!!」
そこで横からぎゅっと手を握られて、スイはぎょっとした。
「あのレイにあそこまで言えるなんて!! 感動だ。やっぱり、君は俺の理想の人だ」
何故か目を潤ませて、タイガが詰め寄ってきた。
「えと。や。そういの間に合ってるんで」
握られた手を何とか引き剥がす。
「でもさ。トップモデルにあそこまでいっちゃったら、俺、きっとクビだろうな」
言い過ぎたことは認める。我儘なだけの女の子相手に大人げなかったことも認める。多分、昨日までの嫉妬の分の仕返しだったことも認める。あの電話のせいで、スイはあの悪夢を抱えたまま、丸一日過ごす羽目になったのだ。しかし、仕事のことを考えたら、少し大人しくしていればよかったかとも思う。目立ち過ぎた。
ここで得られる情報は、大体揃ったので、最悪クビになってもどうにでもなるとは思う。けれど、最後の仕上げのことを考えると、どちらかと言えば、ここにいられた方がよかった。と、スイは後悔というほどではないが、反省はしていた。
「君は何の仕事を担当しておるのかね?」
ふと、話に割り込んできたのは、先ほどタイガにホールのオーナーと紹介された人物だった。
「コンピュータ制御の照明の担当です」
スイが答える。そのスイを、頭から足先まで、じっとりと彼の黒い瞳が眺める。まるで、そのしわがれた手で身体を撫でまわされているような不快な視線だった。
「そうかね。安心したまえ。クビになどさせんよ。あの子にはあれくらいのお灸が必要だろう」
その黒い瞳。さっきは強烈な意志。と、表現したのだが、違う。
あの昏い穴だ。この男にも感じる。
今まで、考えたこともなかった。その昏い穴のような瞳の意味。それを少しだけ考えてみる。それは、とても不快な作業だった。
「山田水君だったか?」
しかし、問いかけられて、思考はすぐに途切れた。
答えがすぐそこまで来ていた気がするのに。しかし、一方でほっとする。知らないでいた方がいい気がした。
「はい」
答えたスイの方にぽん、と彼が手を置く。
「仕事。頑張りたまえよ」
その掌が触れた部分に寒気が走る。まるで、氷を押しつけられたような感覚だった。
「……はい」
答えると、男は、背中を向けて、歩き去った。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

とろけてまざる
ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941

彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる