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Internally Flawless
15 捜査 3
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「……スイさん」
不意に声をかけられて、はっとしてスイは振り返った。接近されていることに気付いていなかった。いや、誰かが来たのはわかっていたけれど、自分に関心を寄せている相手だと認識できていなかった。少し注意力散漫になっている。
「……あ。ケンジ君」
そこにはケンジがいた。まるで、悪戯を叱られた子供のように小さくなって、伏し目がちにスイの顔を窺っている。
恐怖は感じなかった。
大丈夫。
今日は自分に言い聞かせるというより、確認した。夢の余韻は完全に消えたわけではないけれど、今はもう大丈夫。そばにいなくても、アキが。ユキがいてくれると思えるだけで、恐怖と対峙できる勇気が湧いてくる気がした。
「あのさ。昨日……」
「あー。ごめん。実は、途中から殆ど記憶ないんだ」
ケンジの言いかけた言葉を遮るようにスイは言った。昨夜は後のことなんて考えられなくて、逃げ出すように帰ってしまった。不審に思われていないだろうか。
「俺、なんか、失礼なこととか言ってない?」
そう言って、赤い目元を隠すように俯いて上目遣いで見上げると、ケンジの表情が分かりやすく明るくなった。
「言ってないよ! てか、俺こそ、その焦っちゃって……スイさん一緒に飲みに行ってくれたから、舞い上がっちゃってさ。スイさん怒ってないかってすげー不安だったんだ」
本心がどうかなんてわからない。少なくとも昨日の時点ではスイを誘って、酔わせて部屋に連れ込もうとしていたのは間違いない。だから、と言うわけではないのだが、彼の言葉を信じる気など全くなかった。
「別に怒ってなんていないよ。俺も覚えてないから、おあいこ」
今日はうまく作り笑いができた。
「……てかさ。スイさん何かいいことあった?」
わざと。ケンジを見つめながら、伊達メガネを外して、彼が好きだと言っていた翡翠色の瞳を晒す。
「どして? 俺なんか変かな?」
それから、括っていた髪を解く。
「……や。変ってわけじゃなくて……その……」
ケンジの視線が下ろした髪と、瞳に彷徨うのが分かる。
「なに?」
細い指で唇をなぞると、ケンジの喉仏が上下するのが見えた。
本当はこんな方法。と、思うけれど、背に腹は代えられない。使えるものは何でも使う。それがたとえ自分でも。少しでも早く解決するために。
「えと。綺麗……だから」
内心は『あ。そ』と思う。もし、百歩譲って自分が綺麗なんだとしたら、それはアキだけのためだ。今日だけは、『アキとユキ』のではなくて、アキだけのためだ。だから、誰に何を褒められてもスイにはどうでもいいことだった。別に綺麗でなくても、アキやユキが好きだと言ってくれる。それだけで、今は何でもできる気がする。
「なんだよ。それ」
くすくす。と、おかしそうに笑うと、いきなり手を握られた。
「すげー綺麗なんだよ! なんで? 昨日と全然違う。どして、急にそんなに綺麗になっちゃったわけ?」
やっぱり、手を握られるのは不快だった。でも、今日は耐えられそうだった。まだ、アキの余韻が身体に残っているから。ふと、意識せずに握られていない手で、首筋に触れる。そこにはアキの残した跡が幾つも残っている。だから、今日は大丈夫。
「……知りたい?」
じっとケンジの瞳を見つめる。あの昏い色を秘めた瞳。今日は、まだ、その色が見えることはなかった。
「……し、知りたい! 教えてよ」
両手でスイの片手を握りこんで、ケンジが言う。
ふふ。と笑って、スイはその手を振り払った。
「気が向いたらな」
スマートフォンとタバコを持って立ち上がる。
「お昼休憩行ってきます」
ひらひら。と、手を振って、スイはケンジに背を向けて歩きだした。
不意に声をかけられて、はっとしてスイは振り返った。接近されていることに気付いていなかった。いや、誰かが来たのはわかっていたけれど、自分に関心を寄せている相手だと認識できていなかった。少し注意力散漫になっている。
「……あ。ケンジ君」
そこにはケンジがいた。まるで、悪戯を叱られた子供のように小さくなって、伏し目がちにスイの顔を窺っている。
恐怖は感じなかった。
大丈夫。
今日は自分に言い聞かせるというより、確認した。夢の余韻は完全に消えたわけではないけれど、今はもう大丈夫。そばにいなくても、アキが。ユキがいてくれると思えるだけで、恐怖と対峙できる勇気が湧いてくる気がした。
「あのさ。昨日……」
「あー。ごめん。実は、途中から殆ど記憶ないんだ」
ケンジの言いかけた言葉を遮るようにスイは言った。昨夜は後のことなんて考えられなくて、逃げ出すように帰ってしまった。不審に思われていないだろうか。
「俺、なんか、失礼なこととか言ってない?」
そう言って、赤い目元を隠すように俯いて上目遣いで見上げると、ケンジの表情が分かりやすく明るくなった。
「言ってないよ! てか、俺こそ、その焦っちゃって……スイさん一緒に飲みに行ってくれたから、舞い上がっちゃってさ。スイさん怒ってないかってすげー不安だったんだ」
本心がどうかなんてわからない。少なくとも昨日の時点ではスイを誘って、酔わせて部屋に連れ込もうとしていたのは間違いない。だから、と言うわけではないのだが、彼の言葉を信じる気など全くなかった。
「別に怒ってなんていないよ。俺も覚えてないから、おあいこ」
今日はうまく作り笑いができた。
「……てかさ。スイさん何かいいことあった?」
わざと。ケンジを見つめながら、伊達メガネを外して、彼が好きだと言っていた翡翠色の瞳を晒す。
「どして? 俺なんか変かな?」
それから、括っていた髪を解く。
「……や。変ってわけじゃなくて……その……」
ケンジの視線が下ろした髪と、瞳に彷徨うのが分かる。
「なに?」
細い指で唇をなぞると、ケンジの喉仏が上下するのが見えた。
本当はこんな方法。と、思うけれど、背に腹は代えられない。使えるものは何でも使う。それがたとえ自分でも。少しでも早く解決するために。
「えと。綺麗……だから」
内心は『あ。そ』と思う。もし、百歩譲って自分が綺麗なんだとしたら、それはアキだけのためだ。今日だけは、『アキとユキ』のではなくて、アキだけのためだ。だから、誰に何を褒められてもスイにはどうでもいいことだった。別に綺麗でなくても、アキやユキが好きだと言ってくれる。それだけで、今は何でもできる気がする。
「なんだよ。それ」
くすくす。と、おかしそうに笑うと、いきなり手を握られた。
「すげー綺麗なんだよ! なんで? 昨日と全然違う。どして、急にそんなに綺麗になっちゃったわけ?」
やっぱり、手を握られるのは不快だった。でも、今日は耐えられそうだった。まだ、アキの余韻が身体に残っているから。ふと、意識せずに握られていない手で、首筋に触れる。そこにはアキの残した跡が幾つも残っている。だから、今日は大丈夫。
「……知りたい?」
じっとケンジの瞳を見つめる。あの昏い色を秘めた瞳。今日は、まだ、その色が見えることはなかった。
「……し、知りたい! 教えてよ」
両手でスイの片手を握りこんで、ケンジが言う。
ふふ。と笑って、スイはその手を振り払った。
「気が向いたらな」
スマートフォンとタバコを持って立ち上がる。
「お昼休憩行ってきます」
ひらひら。と、手を振って、スイはケンジに背を向けて歩きだした。
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