遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

15 捜査 1

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 ◇翡翠◇

 その曲はPCに向かっているスイの口から零れていた。それはネットから有名になった歌手の歌で、恋を知った喜びと、それを失う恐れと、それがいつまでも続くことへの願いを歌った歌だった。
 スイ自身は気付いてはいない。知らないうちに唇が微笑んでしまっていること。
 昨日までの閉じられた世界が急に開けて、今日は光に満ちている気がする。

 単純だな。

 心の中で呟く。
 人の心なんて本当に単純だ。
 ただ一人、その人が自分を愛していると実感することができただけで、世界が変わるのだ。
 身体は昨日よりも疲れていると思う。正直、全身が痛い。腕も脚も腰も、痛くてだるくて、家で寝込んでいたいと思う。さらには二日酔いだし、泣きすぎで瞼は重いし、喘ぎすぎで喉は痛いし。その上、寝不足だ。
 けれど、心が軽い。
 あの夢の恐怖も、みっともない嫉妬も、嫌われたのだと切ない思いも、自分には何もできないという無力感も、アキの言葉で、行動で、体温で全て溶かされてしまった。

 アキ君。

 今朝、家を出る前に見た、アキの寝顔を思い出す。何も言っていなかったけれど、アキも疲れているのだと思う。『起こしたけど起きなかった』と、置手紙には書いたけれど、本当は起こしはしなかった。声は聞きたかったけれど、自分のために無理をしてくれたその人を少しでもゆっくりと休ませてあげたかった。

 アキは寝顔もすごく綺麗だった。閉じた瞼を縁どる白い睫毛がとても長くて、見惚れてしまう。
 最近、外見のことばかりを言われて、辟易していたのだが、そんなアキの寝顔を見ていると、好きなものを褒めたくなる気持ちが少しだけ分かった。でも、それは、色が希少だとかそういうことではなくて、ただ、アキの睫毛だから綺麗に見えるんだと、スイは思う。
 起こしたくないと思いながらも、愛おしさが溢れて、ついつい触れたくて、その頬に、瞼に、唇にキスをした。でも、僅かに身じろぎをしただけでアキは起きなかった。アキが寝起き最悪大王でよかったと、思ったのはこの時が初めてだった。

 ほぅ。と、ため息が漏れる。でも、それも、昨日までのため息とは意味が違う。仕事が手につかないのも、昨日までとは意味が違う。これはただの恋患いだ。
 アキのことばかりが、頭も胸も占めていて、仕事が手につかない。いつもは半分を占めているユキのことも今は少しだけ端に追いやられている。
 本当はずっとそばにいたかった。アキが起きるまでそばにいて、離れていた分、一日中愛してほしかった。こんな風に仕事に手がつかないくらいなら、そばにいればよかった。
 けれど、それはきっと、アキが好きな自分ではないと思う。自分がこうありたいと望む自分でもない。
 だから、今は自分のすべきことをしようと思った。意地を張って喧嘩してまでやろうと決めた仕事を最後までやることが、きっとアキのためにもなるし、そんな自分をアキは好きでいてくれると思う。
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