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Internally Flawless
14 幸福 4
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ヤバ……俺はその気はないぞ。
ナオは思う。
断じてない……はず?
別に強く否定する気もないのだが、途中から断言は、疑問に変わる。
それくらい、スイが振りまいているのだ。
「ごめん。心配してくれてた? ありがとう」
スイが目を細めて笑う。その笑顔も眩しい。昨日までの暗く沈んだ表情のスイと同一人物と思えない。多分無意識に、振りまかれている『香気』にくらくらする。
ヤってる。確実にヤってるよ。セイジすまん。本当だった。
ナオは心の中でセイジに謝った。けれど、言い訳をするなら、普段意固地なくらい理性的なスイがこんなふうに変わってしまうなんて、実際に見ないと信用できるはずがない。
「ナオ君?」
翠の瞳が顔を覗き込んでくる。ふわり。と、その髪からいつもアキが使っている香水の匂いがする。匂いが感じられるくらいに近いことに気付いて、ナオは思わず後ずさった。
「え? あ。どうした?」
まずい。
と思う。アキやユキならともかく、あの川和志狼をも骨抜きにする『色気』が、駄々洩れになっている。ナオやセイジごときの一般人ではひとたまりもない。近づくのは危険だ。もし。もしも、誘惑に負けてスイに指一本でも(やましい気持ちで)触れたら、本当の意味でアキに殺される。
背筋が空寒くなった。
「……ん?」
ふと、何かが視界の隅に掠めて、ナオはあたりを見回した。
気付くと、数メートル向こう、ホールの中央に置きっぱなしになっている何とも知れない大型機材の向こうから、誰かが茫然とこちらを見ていた。足元には何に使うか分からないけれど、太いコードの束が落ちている。あれはケンジだ。明らかにその視線はスイを追っていた。
そこで、はた。と、気付く。
スイが振り撒く『色気』に気付いているのはナオだけではない。あれだけあからさまに『愛されまくって幸せです』と、顔に書いてあって、気付いたのがナオだけのはずがないのだ。いつもスイを追いかけ回しているケンジだけでもない。何とかって名前も忘れたけど、でかくて大人しい背景制作班の人も、デザイン事務所のごっついオネエさまも、吸い寄せられているかのようにスイを見つめていた。その瞳の熱量が怖い。
「あの……スイさん。ちょっとさ。えと。今日、一日お休みとか……できない?」
今、この会場に潜入している捜査員は数名いるのだが、皆別々に行動している。もちろん、己のみは己で守るのが原則だから『問題』が起こらなければ、助けを期待することはできない。
と、いうことは。だ。この『色気』駄々洩れのスイを守るのは、ナオの役目ということになる。
いやいやいやいや。むりむりむりむり。
ナオは心の中で全力で否定した。
飢えた獣の中に(ハイエナくらいならぼっこぼこにできるかもしれないけれど)放たれた子兎を。なんてことはない『普通』の自分が守りきれるはずがない。そして、守り切れなかったら、確実にアキにぼこぼこにされる。というか、むしろ消される。
冷たく笑いながら『お前死刑』と、宣うアキの顔が浮かんでナオは身震いした。
「え? どして? も、時間あんまりないんだけど?」
そんなナオの心の中など一切思いも至らないのか、小首をかしげて、年齢に似合わない可愛らしい顔で、スイが問い返してくる。
この人はわかっているのだろうか。
ナオは思う。
今『きょとん』って音聞こえた。確実に聞こえた。10代、いや20代前半くらいまでならOKだろうか。とにかく、うら若い女の子ならいざ知らず、20代後半のおっさんのする顔じゃない。しかも、似合ってるなんて、ありえない。
神様どうか。僕に力をください。
アキさんから逃げ出せるくらいの。
と、すでに守りきることは諦めるナオと、身体はだるいけれど、幸せを噛みしめるスイであった。
ナオは思う。
断じてない……はず?
別に強く否定する気もないのだが、途中から断言は、疑問に変わる。
それくらい、スイが振りまいているのだ。
「ごめん。心配してくれてた? ありがとう」
スイが目を細めて笑う。その笑顔も眩しい。昨日までの暗く沈んだ表情のスイと同一人物と思えない。多分無意識に、振りまかれている『香気』にくらくらする。
ヤってる。確実にヤってるよ。セイジすまん。本当だった。
ナオは心の中でセイジに謝った。けれど、言い訳をするなら、普段意固地なくらい理性的なスイがこんなふうに変わってしまうなんて、実際に見ないと信用できるはずがない。
「ナオ君?」
翠の瞳が顔を覗き込んでくる。ふわり。と、その髪からいつもアキが使っている香水の匂いがする。匂いが感じられるくらいに近いことに気付いて、ナオは思わず後ずさった。
「え? あ。どうした?」
まずい。
と思う。アキやユキならともかく、あの川和志狼をも骨抜きにする『色気』が、駄々洩れになっている。ナオやセイジごときの一般人ではひとたまりもない。近づくのは危険だ。もし。もしも、誘惑に負けてスイに指一本でも(やましい気持ちで)触れたら、本当の意味でアキに殺される。
背筋が空寒くなった。
「……ん?」
ふと、何かが視界の隅に掠めて、ナオはあたりを見回した。
気付くと、数メートル向こう、ホールの中央に置きっぱなしになっている何とも知れない大型機材の向こうから、誰かが茫然とこちらを見ていた。足元には何に使うか分からないけれど、太いコードの束が落ちている。あれはケンジだ。明らかにその視線はスイを追っていた。
そこで、はた。と、気付く。
スイが振り撒く『色気』に気付いているのはナオだけではない。あれだけあからさまに『愛されまくって幸せです』と、顔に書いてあって、気付いたのがナオだけのはずがないのだ。いつもスイを追いかけ回しているケンジだけでもない。何とかって名前も忘れたけど、でかくて大人しい背景制作班の人も、デザイン事務所のごっついオネエさまも、吸い寄せられているかのようにスイを見つめていた。その瞳の熱量が怖い。
「あの……スイさん。ちょっとさ。えと。今日、一日お休みとか……できない?」
今、この会場に潜入している捜査員は数名いるのだが、皆別々に行動している。もちろん、己のみは己で守るのが原則だから『問題』が起こらなければ、助けを期待することはできない。
と、いうことは。だ。この『色気』駄々洩れのスイを守るのは、ナオの役目ということになる。
いやいやいやいや。むりむりむりむり。
ナオは心の中で全力で否定した。
飢えた獣の中に(ハイエナくらいならぼっこぼこにできるかもしれないけれど)放たれた子兎を。なんてことはない『普通』の自分が守りきれるはずがない。そして、守り切れなかったら、確実にアキにぼこぼこにされる。というか、むしろ消される。
冷たく笑いながら『お前死刑』と、宣うアキの顔が浮かんでナオは身震いした。
「え? どして? も、時間あんまりないんだけど?」
そんなナオの心の中など一切思いも至らないのか、小首をかしげて、年齢に似合わない可愛らしい顔で、スイが問い返してくる。
この人はわかっているのだろうか。
ナオは思う。
今『きょとん』って音聞こえた。確実に聞こえた。10代、いや20代前半くらいまでならOKだろうか。とにかく、うら若い女の子ならいざ知らず、20代後半のおっさんのする顔じゃない。しかも、似合ってるなんて、ありえない。
神様どうか。僕に力をください。
アキさんから逃げ出せるくらいの。
と、すでに守りきることは諦めるナオと、身体はだるいけれど、幸せを噛みしめるスイであった。
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