遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

11 榛 7

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 不意に、公園の外を車が通り過ぎ、ヘッドライトで辺りが一瞬明るくなった。月は天頂を過ぎている。多分、もう、10時は回っていると思う。
 タイムリミットは近い。自分は明日は休みだが、スイがそうではないのは知っでいる。でも、離したくはなかった。

「……ああ。くそ。も……帰したくねえな」

 もう、彼を家に送らないといけないと分かってはいる。仕事を続けたいとスイが言っている以上、もう、ショーまで時間はあまりないのだ。一日でも休むわけにはいかないだろう。
 でも、それでも、帰したくはない。一緒にいたい。

「……部屋……くる?」

 その思いが分かったみたいに、スイが胸の中で小さく呟いた。

「……無茶言うなよ。明日、仕事行きたいんだろ?」

 彼の部屋に入ってしまったら、もう、自分を止めるのは無理だと思う。今だって、精一杯の理性を総動員しているのだ。

「……うん。でも……アキ君といたい」

 また、スイが呟く。都合よく、聞き違えているんじゃないかと思うくらいに、小さな声だ。照れているのか、聞こえないなら聞こえない方がいいと思っているのか分からない。

「多分……手加減とか無理。スイさんのことめちゃくちゃにしちゃうよ?」

 少しだけ、脅しも入っていたかもしれない。これで、拒絶してくれれば、自分を抑えることができるかもしれないと思っていた。

「……いい」

 これは、夢だろうか。実はうちで寝ていて、スイ恋しさのあまり、夢を見ているんじゃないだろうか。

 アキは思う。
 あんまりにも、都合が良すぎる夢だ。

「でも、何も用意してねえし」

 スイを傷つけたりはしたくない。したくないけれど、したい。でも、傷つけたくない。と。頭が混乱して、ぐるぐると回っている。
 まるで、童貞のガキみたいだと思う。
 結構経験は豊富なつもりなのに、スイの前ではカッコつけられない自分をアキは理解していた。。

「いらない……」

 スイは、ずっと、小声のままだ。よく見ると、耳が真っ赤になっていた。

「キツイ思いさせるかも……」

 多分、これはいわゆる据え膳というヤツだ。いや。カモネギと言うべきか。

「それでも……いい。……あの……ほしい」

 ああ。もう、無理だ。

 アキは心の中で呟いた。叫んでいたかもしれない。
 スイにここまで言わせて、ヤらないなら、男じゃない。
 アキは理性を放棄した。明日のことは明日の自分に任せよう。

「……後悔すんなよ?」

 呟いて、スイの腕を取る。それから、ナオに送らせて、場所を確認しておいたスイの現在の住所に向かって歩き出す。

「……しないよ……」

 後ろで、腕を引かれるまま、スイが呟いた。
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