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Internally Flawless
10 嫌悪 3
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「俺、ホント、スイさんのこと好みのタイプで。や。普段は俺も女の子好きだよ? 前にいたキリシマさんも。スタイリストしてたミズキちゃんも。モデル候補生だったマイちゃんも。でもさ。その全員よりもスイさんの方が綺麗っていうか……好きになっちゃったっていうか……」
あたふたとケンジは言葉を繋げた。視線が、スイを越して後ろの壁のあたりを彷徨う。
「ふうん。やっぱり、こんな業界だから、可愛いコとか多いんだ」
少しだけ拗ねたような声を作って、話を促す。少し芝居がかっているか。と、自分自身で空寒くなるけれど、この際だから仕方ない。
「や。だから、それでもスイさんの方が可愛いって! みんなさ。その……若いうちだけで辞めちゃうから、連絡とかも取れないし。可愛いって思っても、今までは仕事の間だけで充分だと思ったけど、スイさんは違うから! もっと、ずっと一緒にいたいし、俺のものにしたい……とか、思ったりして」
可愛い。と、言われるのはかなり不快だった。好きでもない相手に言われるその言葉はあの男を思い出させて気持ちが悪い。その上『おれのもの』なんて、最悪だ。
スイのことをそう思っていいのは、アキとユキだけだ。
思うと、きり。と胸が痛んだ。でも、そんな思いも今は邪魔だと心に押し込む。もう、押し込んだ感情は溢れ出しそうだったけれど、無理矢理押さえつけた。
「ね? スイさん本当に女の子しか興味ないの? そんなことないよね? てか、スイさんの好きな人って男でしょ?」
いきなりケンジの手がスイの手に重なる。そして、そのまま握られる。
怖くて、身体が竦んだ。でも、引き離したいのを必死で抑える。
「……確かにそうだけど……」
そう言った方が、情報を引き出しやすい。と、思ったのも本当だったけれど、それ以上に、アキやユキのことを好きだということを、たとえこの場限りの嘘だとしても、否定したくなかった。
「だよね? やっぱり、そうだよね? じゃ、俺にもチャンスあるよね? てか、チャンスあるから、飲みに行くのOKしてくれたんだよね?」
それは、仕事のためだ。と、言いたかった。チャンスなんてあるはずがない。けれど、もちろん。言えない。
「……それは」
それでも、嘘を吐くのは嫌で、言葉を濁す。言い淀んでしまったスイを、ケンジはじっと見つめていた。それが嫌で俯き加減に視線を逸らす。
「目逸らさないで、綺麗な瞳見たい」
握られた手に力がこもる。その手が酷く熱くて、生々しく感じられて、身体が強張る。視線を上げないといけないと思っても、怖くて顔を上げられない。
そんなスイに焦れたのか、頬に手を添えられて顔を上げられた。
「ああ。やっぱり綺麗だ」
熱っぽい視線が覗きこんでくる。その瞳にスイは背筋を氷で撫でられるような寒気を感じた。
「もしよかったらさ。スイさん。近くに部屋借りてるんだけど、ここで飲んだ後、そこ行かない?」
心臓が大きく拍動する。それなのに、指先が冷たい。いや。身体の芯から冷たい。きっと、心臓が冷え切って氷のような血が身体を巡っているのだと思う。
「近くって……?」
ケンジには分からなかっただろう。スイの震えの意味。
「田川通りと神崎通りの交わるあたり。アトリエにしてるんだ。モデルになってよ」
きっと、この男は気付いていない。その瞳の奥が昏い穴のように見えることを。
「……考えとく」
今すぐにでも逃げ出したかった。でも、足が震えている。
急に昨日の夢が鮮明に思い出されて、鼓動が速くなるのを止められない。
「マジで? じゃ。もちょっと飲もうよ?」
ケンジが店員を呼びとめて、何やら注文している。聞いていると、やたらと度数の高い酒ばかりな気がする。
震える身体を押さえつけて、スイは無理に笑顔を作った。
あたふたとケンジは言葉を繋げた。視線が、スイを越して後ろの壁のあたりを彷徨う。
「ふうん。やっぱり、こんな業界だから、可愛いコとか多いんだ」
少しだけ拗ねたような声を作って、話を促す。少し芝居がかっているか。と、自分自身で空寒くなるけれど、この際だから仕方ない。
「や。だから、それでもスイさんの方が可愛いって! みんなさ。その……若いうちだけで辞めちゃうから、連絡とかも取れないし。可愛いって思っても、今までは仕事の間だけで充分だと思ったけど、スイさんは違うから! もっと、ずっと一緒にいたいし、俺のものにしたい……とか、思ったりして」
可愛い。と、言われるのはかなり不快だった。好きでもない相手に言われるその言葉はあの男を思い出させて気持ちが悪い。その上『おれのもの』なんて、最悪だ。
スイのことをそう思っていいのは、アキとユキだけだ。
思うと、きり。と胸が痛んだ。でも、そんな思いも今は邪魔だと心に押し込む。もう、押し込んだ感情は溢れ出しそうだったけれど、無理矢理押さえつけた。
「ね? スイさん本当に女の子しか興味ないの? そんなことないよね? てか、スイさんの好きな人って男でしょ?」
いきなりケンジの手がスイの手に重なる。そして、そのまま握られる。
怖くて、身体が竦んだ。でも、引き離したいのを必死で抑える。
「……確かにそうだけど……」
そう言った方が、情報を引き出しやすい。と、思ったのも本当だったけれど、それ以上に、アキやユキのことを好きだということを、たとえこの場限りの嘘だとしても、否定したくなかった。
「だよね? やっぱり、そうだよね? じゃ、俺にもチャンスあるよね? てか、チャンスあるから、飲みに行くのOKしてくれたんだよね?」
それは、仕事のためだ。と、言いたかった。チャンスなんてあるはずがない。けれど、もちろん。言えない。
「……それは」
それでも、嘘を吐くのは嫌で、言葉を濁す。言い淀んでしまったスイを、ケンジはじっと見つめていた。それが嫌で俯き加減に視線を逸らす。
「目逸らさないで、綺麗な瞳見たい」
握られた手に力がこもる。その手が酷く熱くて、生々しく感じられて、身体が強張る。視線を上げないといけないと思っても、怖くて顔を上げられない。
そんなスイに焦れたのか、頬に手を添えられて顔を上げられた。
「ああ。やっぱり綺麗だ」
熱っぽい視線が覗きこんでくる。その瞳にスイは背筋を氷で撫でられるような寒気を感じた。
「もしよかったらさ。スイさん。近くに部屋借りてるんだけど、ここで飲んだ後、そこ行かない?」
心臓が大きく拍動する。それなのに、指先が冷たい。いや。身体の芯から冷たい。きっと、心臓が冷え切って氷のような血が身体を巡っているのだと思う。
「近くって……?」
ケンジには分からなかっただろう。スイの震えの意味。
「田川通りと神崎通りの交わるあたり。アトリエにしてるんだ。モデルになってよ」
きっと、この男は気付いていない。その瞳の奥が昏い穴のように見えることを。
「……考えとく」
今すぐにでも逃げ出したかった。でも、足が震えている。
急に昨日の夢が鮮明に思い出されて、鼓動が速くなるのを止められない。
「マジで? じゃ。もちょっと飲もうよ?」
ケンジが店員を呼びとめて、何やら注文している。聞いていると、やたらと度数の高い酒ばかりな気がする。
震える身体を押さえつけて、スイは無理に笑顔を作った。
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