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Internally Flawless
9 傷痕 4
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◇翡翠◇
駅前はかなり人通りが激しかった。その人混みの中をケンジと並んで歩く。
仕事終わりで、ユキに連絡をしたかったのだけれど、すぐにケンジに捕まって、いまだ、ユキの声を聞けてはいない。それどころか、プライベート用のスマホを見られたくなくて、開くわけにもいかず、メッセージすら確認できていない。だから、不安を抱えたまま、スイは駅前を歩いていた。
スイは人混みが嫌いだった。一人一人の顔が見えないからだ。その中に、もしあの男の顔があったらと、脅えて10メートルも歩けない時期もあった。
アキやユキに出会ってからは、二人といると人混みも平気になった。はぐれないようにと寄り添って歩く時の人混みは案外悪くないと思う。
でも、今日は足が竦む。視界の端を掠めた人物が、後ろから歩いてくる人物が、隣にいる男が。スイが目を離した隙にあの男の顔になっている気がして、怖い。
隣で歩くケンジが一生懸命何かを話しているけれど、殆ど意味を理解できずに、曖昧な返事を返す。
必死で手を握りしめていないと、座り込んでしまいそうだった。
「スイさん。もしかして、怒ってる?」
いつの間にか、ケンジが立ち止まって顔を覗きこんでいた。
「え? いや。そんなことは……」
一瞬、ぶつかりそうになって、スイの歩みが止まる。ケンジの顔はいつもの表情なのだが、あの時、資材の隙間で見た表情と重なって、怖くなった。
「みんな誘うとか言って、二人きりなの……怒ってない?」
別に彼は自分に何かをしたわけじゃない。告白のような言葉はあったけれど、別に強要されたわけでも、乱暴なことをされたわけでもない。それをこんな風に思うのは警戒し過ぎなのかと思う。
「怒っては……いないけど……。その……なに話していいのかわからない」
けれど、身体が拒絶しているのだ。近づきたくないと。
「結構歳も違うし。俺美術のこととかまったくわかんないし」
それでも、これは仕事なのだと、自分に言い聞かせる。嵐のような自分自身の心からは顔を背ける。
せめて、どうしようもないなら、仕事くらいはちゃんとしたい。あの夢を見ても、仕事ができている自分でいたかった。それができなければ、本当に自分の価値がなくなってしまう気がした。価値がなくなってしまったら、もう、二人とはいられなくなる気がした。
「そんなのなんでもいいじゃん。共通の話題。探してこ? 飲めば自然に話せるって」
そう言ってケンジはスイの後ろに回って、背中を押す。無防備な背中を触られるのは本当に嫌だったけれど、仕事だと自分を抑え込んだ。もう、仕事だということしか、自分を支える術がない。それにスイ自身も気付いていた。でも、気付かないふりをした。
「ほらほら。あの店。結構いいでしょ?」
押されるままに、スイは店の扉をくぐった。
駅前はかなり人通りが激しかった。その人混みの中をケンジと並んで歩く。
仕事終わりで、ユキに連絡をしたかったのだけれど、すぐにケンジに捕まって、いまだ、ユキの声を聞けてはいない。それどころか、プライベート用のスマホを見られたくなくて、開くわけにもいかず、メッセージすら確認できていない。だから、不安を抱えたまま、スイは駅前を歩いていた。
スイは人混みが嫌いだった。一人一人の顔が見えないからだ。その中に、もしあの男の顔があったらと、脅えて10メートルも歩けない時期もあった。
アキやユキに出会ってからは、二人といると人混みも平気になった。はぐれないようにと寄り添って歩く時の人混みは案外悪くないと思う。
でも、今日は足が竦む。視界の端を掠めた人物が、後ろから歩いてくる人物が、隣にいる男が。スイが目を離した隙にあの男の顔になっている気がして、怖い。
隣で歩くケンジが一生懸命何かを話しているけれど、殆ど意味を理解できずに、曖昧な返事を返す。
必死で手を握りしめていないと、座り込んでしまいそうだった。
「スイさん。もしかして、怒ってる?」
いつの間にか、ケンジが立ち止まって顔を覗きこんでいた。
「え? いや。そんなことは……」
一瞬、ぶつかりそうになって、スイの歩みが止まる。ケンジの顔はいつもの表情なのだが、あの時、資材の隙間で見た表情と重なって、怖くなった。
「みんな誘うとか言って、二人きりなの……怒ってない?」
別に彼は自分に何かをしたわけじゃない。告白のような言葉はあったけれど、別に強要されたわけでも、乱暴なことをされたわけでもない。それをこんな風に思うのは警戒し過ぎなのかと思う。
「怒っては……いないけど……。その……なに話していいのかわからない」
けれど、身体が拒絶しているのだ。近づきたくないと。
「結構歳も違うし。俺美術のこととかまったくわかんないし」
それでも、これは仕事なのだと、自分に言い聞かせる。嵐のような自分自身の心からは顔を背ける。
せめて、どうしようもないなら、仕事くらいはちゃんとしたい。あの夢を見ても、仕事ができている自分でいたかった。それができなければ、本当に自分の価値がなくなってしまう気がした。価値がなくなってしまったら、もう、二人とはいられなくなる気がした。
「そんなのなんでもいいじゃん。共通の話題。探してこ? 飲めば自然に話せるって」
そう言ってケンジはスイの後ろに回って、背中を押す。無防備な背中を触られるのは本当に嫌だったけれど、仕事だと自分を抑え込んだ。もう、仕事だということしか、自分を支える術がない。それにスイ自身も気付いていた。でも、気付かないふりをした。
「ほらほら。あの店。結構いいでしょ?」
押されるままに、スイは店の扉をくぐった。
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