遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

9 傷痕 3

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 ◇秋生◇

 家に戻ると、ユキはもう出かけていた。本当は、アキのシフトは昼までだったのだが、ローテーションに一人欠員が出て、かわりにアキがその穴を埋めることになってしまった。そのうえ帰りにはあの女に絡まれて、無駄な時間を使ってしまって、気が急いたが、どうすることもできなくて、気付けばすでに6時を回っていた。
 伝言を頼んだ女性にはあのあと会うことができなくて、その後がどうなったかは分からない。ユキに伝わっていれば、心配することはないのだが、ユキからの連絡もなくて、確認のしようがない。
 とりあえず、ユキにLINEをする。しかし、既読はつかなかった。

 当たり前だな。

 アキは思う。現在はユキのローテーションの時間だ。スマホを取りあげられたと拗ねていたから、今連絡しても無駄かもしれない。
 やはり、心配でスイ自身にメッセージを送ろうと、LINEの画面を開く。でも、そこで手は止まってしまった。電話にも出てくれない。ということは、このメッセージにも返信が来るだろうか。
 あの女が出たことを誤解しているとしたら。何かあって動けない状況だとしたら。どちらにせよ、返事は期待できない。

「くそっ」

 悪態をついて、アキは仕方なくナオにメッセージを送った。スイの様子はどうかと。案の定、そのメッセージにはすぐに既読がつく。それから、ほんの数秒で返信があった。

『スイさん。おかしいよ。なんかあったの?
 隠してたけど、目真っ赤だった』

 その文字を見たら、もう、居ても立ってもいられなくなってしまった。
 着替えもそこそこに部屋を飛び出す。この時間だと電車の方が早いか。と、アキは駅に向かって早足で歩きだした。

『スイさん今どこにいるんだ?』

 もう一度メッセージを送る。また、すぐに既読がついた。

『多分、M駅に向かってると思う。
 今日飲み会あって参加するって言ってた』

 ち。と、アキは舌打ちした。仕事場を出てしまうと、今の住所の分からないアキにはスイを探すのはかなり難しくなる。

『店わかんねえか?』

 そうメッセージを送ると、今度は電話がかかってきた。すぐに出る。

「アキさん? スイさん何かあったの? 近くに来るなってオーラめっちゃ出してたよ? いつも、にこにこしてるのに、全然笑わないし」

 いきなりナオが捲し立ててくる。普段はどちらかというと冷静で、のんびりとしたナオなのだが、アキの慌てた様子にてんぱっているらしい。

「すげえ疲れてるっぽかったから、早く帰って休みなよ。って言ったのに、情報収集するって飲み会いっちゃったし。……あいついんのに」

「あいつ?」

 ナオの言葉に引っかかりを感じてアキは思わず聞き返す。

「あ。や。その……」

 しまった。と、分かりやすく口籠るナオにいらつく。

「あいつってなんだよ?」

 明らかにいい響きではない。声に怒気を込めて言うと、ナオはすぐに無条件降伏した。

「……スイさんにちょっかい出してる、美大生がいて。二人きりにはしないように気をつけてたんだけど、スイさんすぐに姿見えなくなっちゃうしさ。今日も、飲み会数人で行くって言ってたから、大丈夫かと思ったんだけど、後で聞いたら、他の人誘ってないって……それがわかっても、スイさん行くっていうし。引きとめようとしたら、もう帰ったって言われるし……」

 ナオの言葉にアキはまた、舌打ちした。

「お前、マジで使えねえ。ボケ、ザコ、短足。一回死んでこい! いいかクソザコ、スイさんになんかあったらお前マジでコロスからな」

 電話口で、罵詈雑言を並べ立てる超美形青年に、駅前の道行く人が振り返っていく。しかし、アキの目にはそんな人間たちは全く映ってはいなかった。

「おい。ダサキャップ。店に心当たりねえのかよ?」

 アキのお叱りにナオの声が小さくなる。あの。その。と、ごにょごにょと何かを言っているが、駅前の雑踏に聞き取れない。

「あ? 聞こえねえよ。声張れ。クソが」

「はい! M駅前の居酒屋のどれかとしか……ワカリマセン」

 声は張ったのだが、結局全く有益な情報はなかった。

「マジで使えねえボケだな。お前もすぐに調べろ。見つからなかったら歩いて探せ。あと、スイさんの今の住所俺のスマホに送っとけ」

「……は……はいぃ」

 その後ひとしきり罵声を浴びせてから、アキは電話を切った。
 M駅までは電車でおよそ20分。この時間だと車は殆ど動かない。電車の方が早いと分かっていても、電車に揺られている間は何もできなくて気がせいてしまう。
 スマートフォンを取り出す。
 3週間。まったく連絡を取れなかったその人へメッセージを入れた。送信を押そうとして、しばし躊躇う。一瞬目を閉じて、アキは画面をタップした。
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