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Internally Flawless
9 傷痕 2
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「スーイさん!」
その二人の間に割り込むように顔を出したのはケンジだった。びくりと、スイの身体が強張る。
べつに、彼に何をされたわけでもない。けれど、あの夢の余韻を引きずっている今は怖い。泰斗を連想させる何かには近づきたくはなかった。
「ね。ね。今日飲みに行かない? あ。ナオさんも。他にも何人か誘ってるからさ。」
肩に手を置かれて、ぞっとする。でも、それを気付かれないように必死に耐える。食いしばった歯がきり、と小さな音を立てた。
「あーごめん。俺パス。彼女とデートなんだ」
ナオは軽く答えた。確か、セイジと直接会って捜査上の情報交換をすると言ってた。公式ではない。非公式にだ。
「え? ナオさん彼女いるの? どんな人? 可愛い?」
ぐい。と、二人の間に大きく割り込んで、ケンジはナオの顔を覗き込む。その拍子にケンジの肩がスイのそれに触れる。
ケンジの顔が近い。
落ち着け。落ち着け。と、心の中でスイは繰り返した。
これは、あの男じゃない。大丈夫。ちゃんと自分で対処できる相手だ。と、わざと逸らしていた視線を向けて、ケンジの姿を視界に入れる。けれど、その目がスイを見ていたから、はっとして顔を逸らしてしまった。
「あー。可愛くは……ないかな? でも、性格はいいよ。高校からの付き合いだしね」
スイの様子に気付いたのか、ナオがいかにも適当。という答えを返す。それから、目配せしてくる。おそらくは、『ここはなんとかするから、帰った方がいい』と、言外に伝えてくれているのだろう。
「俺は行こうかな」
ナオの目からも逃れるようにして、スイは答えた。
ナオの気遣いに気付かなかったわけではない。けれど、仕事と考えるなら、参加したほうがいいのはわかっている。飲みの席は酔いが手伝って、ぽろ。と、本音が出ることがあるからだ。
ケンジのことは嫌いだ。彼自身が悪いわけではなくても、あの男と少しでも共通点があるというだけで、スイには彼を嫌う理由としては充分だった。でも、正直家に帰りたくもなかった。
もちろん、仕事のためと考えるなら、行って情報収集した方がいいと思う。
何も、二人きりになるわけでもない。
まるで、言い訳するように頭の中で呟く。最早、それが、一人で行けると強がりなのか、一人で居たくないと怯えなのか、スイ自身にもわからなくなっていた。
「やりぃ♪ じゃ、スイさん参加で! 7時にM駅前でね」
スキップするような勢いで、ケンジが去っていく。
「大丈夫? 体調悪いんじゃない? 顔色悪いけど」
その背中がみえなくなってから、ナオが聞いてきた。
「大丈夫。来週にはショー本番なんだから、時間がないし」
その視線を避けるようにPCに視線を移して、答える。多分、無意識に放っておいてほしいと拒絶の雰囲気を出してしまっていたと思う。それに気付いたのか、ナオはそれ以上何も言わなかった。
ただ、持っていたコンビニの袋から出した、栄養ドリンクとカロリーメイトをPCの隣に置いて、『無理しないで。困ったら、いつでも連絡してよ?』と、呟くように言って、去って行った。
こんな時、自分が堪らなく嫌になる。
余裕がなくて、優しくしてくれる人にすら笑顔を返すことができない。
いい歳をした大人のくせに、ましてや女の子でもあるまいし、泰斗とのことなどただの暴力だったのだと割り切ってしまえばいい。もう、5年も前の出来事なのだ。いつまでも被害者面をして怯えて立ち尽くす自分が情けない。たかが夢でこのざまでどの口が『一人で大丈夫』というのか。と、自嘲の笑いすら漏れてしまう。
しかも、そんな過去を知っても、大切にしてくれる人がスイにはいるのだ。つまらない嫉妬心とか、一人占めにしたい。他の誰もみてほしくない。と、我儘でその人を自分から遠ざけておいて、困ったときには助けてほしいなんて、弱いと言われても仕方ない。
「……駄目だ……。落ち着け……」
小さく呟く。目を閉じ、大きく深呼吸する。一人でいる時には確かにこの痛みに耐えていたはずだ。今、それができないはずがない。そう、自分に言い聞かせる。
「……ちが……う……」
けれど、すぐに否定する。違うことなど分かり切っていた。
確かに一人で居る時も怖かった。けれど、泰斗に与えられた傷は、二人に出会ってからその深さも、存在感も大きくなってしまっている。嫉妬で気が狂いそうになるのも、彼らに出会ったからなのだ。一人で居れば汚れた自分なんて、どうでもよかった。
でも、今は違う。汚れた自分が愛される罪悪感も、汚れた自分に自信がないからこその嫉妬心も、出会う前にはなかったのだ。
だから、独りでいるのが辛い。怖い。苦しい。
「大丈夫。大丈夫だ。大丈夫で……ないはずない」
それでも、今は耐えるしかない。スイは呪文のように繰り返す。
辛いのは今だけだ。ユキの仕事が終わる時間になれば。彼の声を聞けば、きっと、こんな不安は消えてしまう。
だから、もう少しの我慢だ。
もう一度深呼吸して、スイは感情を心の奥に押し込めた。
その二人の間に割り込むように顔を出したのはケンジだった。びくりと、スイの身体が強張る。
べつに、彼に何をされたわけでもない。けれど、あの夢の余韻を引きずっている今は怖い。泰斗を連想させる何かには近づきたくはなかった。
「ね。ね。今日飲みに行かない? あ。ナオさんも。他にも何人か誘ってるからさ。」
肩に手を置かれて、ぞっとする。でも、それを気付かれないように必死に耐える。食いしばった歯がきり、と小さな音を立てた。
「あーごめん。俺パス。彼女とデートなんだ」
ナオは軽く答えた。確か、セイジと直接会って捜査上の情報交換をすると言ってた。公式ではない。非公式にだ。
「え? ナオさん彼女いるの? どんな人? 可愛い?」
ぐい。と、二人の間に大きく割り込んで、ケンジはナオの顔を覗き込む。その拍子にケンジの肩がスイのそれに触れる。
ケンジの顔が近い。
落ち着け。落ち着け。と、心の中でスイは繰り返した。
これは、あの男じゃない。大丈夫。ちゃんと自分で対処できる相手だ。と、わざと逸らしていた視線を向けて、ケンジの姿を視界に入れる。けれど、その目がスイを見ていたから、はっとして顔を逸らしてしまった。
「あー。可愛くは……ないかな? でも、性格はいいよ。高校からの付き合いだしね」
スイの様子に気付いたのか、ナオがいかにも適当。という答えを返す。それから、目配せしてくる。おそらくは、『ここはなんとかするから、帰った方がいい』と、言外に伝えてくれているのだろう。
「俺は行こうかな」
ナオの目からも逃れるようにして、スイは答えた。
ナオの気遣いに気付かなかったわけではない。けれど、仕事と考えるなら、参加したほうがいいのはわかっている。飲みの席は酔いが手伝って、ぽろ。と、本音が出ることがあるからだ。
ケンジのことは嫌いだ。彼自身が悪いわけではなくても、あの男と少しでも共通点があるというだけで、スイには彼を嫌う理由としては充分だった。でも、正直家に帰りたくもなかった。
もちろん、仕事のためと考えるなら、行って情報収集した方がいいと思う。
何も、二人きりになるわけでもない。
まるで、言い訳するように頭の中で呟く。最早、それが、一人で行けると強がりなのか、一人で居たくないと怯えなのか、スイ自身にもわからなくなっていた。
「やりぃ♪ じゃ、スイさん参加で! 7時にM駅前でね」
スキップするような勢いで、ケンジが去っていく。
「大丈夫? 体調悪いんじゃない? 顔色悪いけど」
その背中がみえなくなってから、ナオが聞いてきた。
「大丈夫。来週にはショー本番なんだから、時間がないし」
その視線を避けるようにPCに視線を移して、答える。多分、無意識に放っておいてほしいと拒絶の雰囲気を出してしまっていたと思う。それに気付いたのか、ナオはそれ以上何も言わなかった。
ただ、持っていたコンビニの袋から出した、栄養ドリンクとカロリーメイトをPCの隣に置いて、『無理しないで。困ったら、いつでも連絡してよ?』と、呟くように言って、去って行った。
こんな時、自分が堪らなく嫌になる。
余裕がなくて、優しくしてくれる人にすら笑顔を返すことができない。
いい歳をした大人のくせに、ましてや女の子でもあるまいし、泰斗とのことなどただの暴力だったのだと割り切ってしまえばいい。もう、5年も前の出来事なのだ。いつまでも被害者面をして怯えて立ち尽くす自分が情けない。たかが夢でこのざまでどの口が『一人で大丈夫』というのか。と、自嘲の笑いすら漏れてしまう。
しかも、そんな過去を知っても、大切にしてくれる人がスイにはいるのだ。つまらない嫉妬心とか、一人占めにしたい。他の誰もみてほしくない。と、我儘でその人を自分から遠ざけておいて、困ったときには助けてほしいなんて、弱いと言われても仕方ない。
「……駄目だ……。落ち着け……」
小さく呟く。目を閉じ、大きく深呼吸する。一人でいる時には確かにこの痛みに耐えていたはずだ。今、それができないはずがない。そう、自分に言い聞かせる。
「……ちが……う……」
けれど、すぐに否定する。違うことなど分かり切っていた。
確かに一人で居る時も怖かった。けれど、泰斗に与えられた傷は、二人に出会ってからその深さも、存在感も大きくなってしまっている。嫉妬で気が狂いそうになるのも、彼らに出会ったからなのだ。一人で居れば汚れた自分なんて、どうでもよかった。
でも、今は違う。汚れた自分が愛される罪悪感も、汚れた自分に自信がないからこその嫉妬心も、出会う前にはなかったのだ。
だから、独りでいるのが辛い。怖い。苦しい。
「大丈夫。大丈夫だ。大丈夫で……ないはずない」
それでも、今は耐えるしかない。スイは呪文のように繰り返す。
辛いのは今だけだ。ユキの仕事が終わる時間になれば。彼の声を聞けば、きっと、こんな不安は消えてしまう。
だから、もう少しの我慢だ。
もう一度深呼吸して、スイは感情を心の奥に押し込めた。
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