遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

08 障壁 3

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 何度目かのコールで電話は留守番電話サービスに繋がった。機械の音声が案内を告げている。
 舌打ちして、アキは電話を切った。

「あんた、いい加減にしろよ?」

 怒気をたっぷりと込めた目でレイを見つめる。

「あら、ごめんなさい。コール音が鳴っていたから。手が滑ったの」

 まったく悪びれもせずに、レイは答える。その顔は笑ってすらいた。
 上着の中にスマートフォンを入れたまま、マナーにすらしていなかったうえに、脱いだ上着を置き忘れたのは、完全に自分のミスだと思う。しかし、鳴っているからと言って他人の、しかも服のポケットに入っているものをわざわざ出してまで、電話を勝手に受ける人間がいるとは思わなかった。

「……最低の女だな」

 3週間ぶりのスイの電話が、まさかこんな最悪のタイミングでかかってくるとは想像していなかった。しかも、だ。こんな明け方にアキやユキのことを気にかけてばかりいるスイが電話をしてきたということは、なにか問題があったということなのだ。さらに言えば、喧嘩をしていて3週間も連絡を取っていないのに、ユキではなく自分にかけてきたということは、よほどのことがあったはずだ。
 心の底から待ち侘びていたその人からの連絡をこんな形で邪魔された怒りと、スイの身に何かがあったのではないかという不安。苛立ち紛れにスマートフォンをスラックスのポケットに乱暴に突っ込む。

「今度俺の私物に触ったら、契約解除させてもらう」

 怒りを込めて言ったつもりだったが、この女にどれくらい伝わったのだろうと疑問に思う。

 普段、彼女が家にいる深夜は、マンションの外に警察が常駐する形で警護がついていた。ただ、今朝は何とかという有名カメラマンの我儘で、朝日をバックに撮影をすると、突然の予定変更のため、こんな時間に呼び出されていた。
 それだけでも、寝起き最悪のアキには苦痛でしかないのだが、警護する相手が気に入らないので、イライラが募る。アキだってプロだ。警護対象がどんなクソだとしても、仕事に手を抜くつもりはない。だから、勤務中に警護対象から目を離して、誰かに連絡を取るような真似はできない。
 その上、アキのローテーションは何故か夜や朝方が多く、スイの勤務時間外に連絡を取ったりすることが難しい。今も、後数分で勤務が始まるという時間だった。ローテーションが終わる頃には、きっと、スイは仕事に出てしまっているだろう。

 ユキにフォロー頼むか。

 しかし、それも、勤務時間が終わってからになってしまう。

 スイさん。大丈夫なのか?

 家を出る時の感情を失ったような表情を思い出す。完全な拒絶を示す無表情。
 自分の言い分が間違っていたとは思わないが、言葉を選べばよかったとアキは後悔していた。あんな言い方をしなければ、今でもスイは二人の部屋にいたか、別の場所にいるとしてもいつでも連絡を取れる状態だっただろう。
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