遠くて近い世界で

司書Y

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FiLwT

幕間 夜想曲『告白前夜』 4

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 恐ろしくて、全身が震える。歯の根がかちかちとなって噛み合わない。
 涙が溢れて視界が歪む。

「可愛い俺の翡翠。そんなに脅えて可哀そうに」

 泰斗の手が頬を撫でる。

「……ひっ」

 その手はぞっとするほど冷たくて、翡翠は身を竦めた。撫でられた場所が気持ち悪くて、吐き気がする。
 つい1カ月ほど前まではその手に撫でられるのが大好きだったはずなのに。思うほどに涙が溢れた。

「愛しているよ」

 昏い瞳で、男が言う。
 言っている意味が良く分からなかった。
 ただ、わかることは、もう、二度と、あの幸せだった日々は戻らないということだけだった。

「翡翠……可愛い俺の翡翠」

 熱に浮かされたように呟いて、泰斗の唇が翡翠の首筋に口づける。細く白い首筋に幾つも赤い痕を残しながら、舌を這わせ、いつの間にかボタンを外されて肌蹴られた胸元にその舌が下がっていく。

「……や……だ。やめてよ……泰斗さん!」

 必死に拘束された腕を引っ張るけれど、医療用のチューブは強度が高くてちぎれるようなことはなかった。否、単に瀕死の傷から目覚めたばかりの翡翠の腕には、そんな力など残っていなかっただけなのかもしれない。

「……おね……が……やだ。いやだよ……泰斗さん」

 目の前で行われている行為が、それをしている人の恍惚とした表情が、堪らなく嫌で目を閉じる。
 そうすると、暗闇の中、胸元に虫が這いまわるような感覚に襲われた。

「……や……やだぁ……誰か! たすけ……っ」

 大声を出しても、誰も助けに来てくれないことくらいは分かっていた。多分、この階には自分と泰斗以外の人間はいない。この病院では彼は王なのだ。何もかもが思いのままの。

「俺以外の誰を呼ぶ? 翡翠は悪い子だ」

 ぐり。と、胸の小さな突起をきつく抓まれて、痛みに唇を噛む。それから、今度はなだめるように舌がそこを這う。何度も何度も舌先で転がされ、噛まれ執拗に攻められるが、そこに快感など欠片もなく、ただ気持ちの悪いその感覚に、翡翠は唇を噛んでじっと耐えていた。

「翡翠?」

 噛みしめすぎた唇から血が滲む。

「ああ。そんなに噛んだら、傷が残る」

 その唇の傷に指が触れる。それから、その舌がその血を舐めとった。

「……も……やめ……おねがい……します……やめて……くださ……」

 嗚咽の合間、懇願すると、男はさらに笑みを濃くする。
 その笑みがまた、翡翠の中の嫌悪感を煽りたてた。

「愛しい翡翠。大丈夫。すぐに悦くなる」

 翡翠の言葉など、全く、その男には届いてはいないのだろう。
 必死に閉じようとする翡翠の細い両足を割って、その男の手が下着の中に侵入し、ソコに触れる。もちろん、熱を帯びているはずがないソレを手に握りこまれて、翡翠は必死に首を振り、身を捩って抵抗した。

「やだっ。やめて……! ん……やっ」

 またしても、翡翠の言葉など全く無視して、男の手がソコを上下する。
 男の性というものは、不便なものだ。たとえ、そこに感情がともなっていなくても、与えられる刺激には反応してしまう。しかし、怪我の鎮静剤の影響なのか、翡翠のソレが反応することは殆どなかった。

「……やだ……ぁ……。泰斗……さん。やめて。……もや。こわい……っおねがいだからっ」

 かわりにしゃくりあげるような泣き声ばかりが大きくなる。

「仕方ないな……」

 呟いて、男は翡翠から離れた。
 解放された。と、翡翠が思った瞬間だった。
 乱暴に下着ごと夜着の下履きが身体からひきはがされる。

「……っっ!!」

 暗い病室の明かりの中、翡翠の全身が露わになる。
 ベッドのパイプに両手首を縛りつけられて、夜着の肌蹴られた首筋にも、胸元にも、包帯と赤い所有印。それは、翡翠の白い肌に妙に艶めかしく映えている。
 下半身は萎えたままで、細い脚は色白というより、赤味がなく青白い。身を捩って男の視線を逃れようとする姿が、余計にその男を煽っているということに、彼は気付いているのだろうか。
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