遠くて近い世界で

司書Y

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幕間 夜想曲『告白前夜』 2

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「ど……して?」

 声が漏れる。
 S県にある愛生会H病院。その特別室。そこに翡翠はいた。H病院は菱川組の傘下で泰斗がトップを務めるプロジェクトの中核病院だった。院長以下、全ては泰斗の思うままに動かすことができる。
 怪我をしてから3週間。その病院の集中治療室で処置を受けていたらしい。
 目が覚めてからも絶対安静で、PCに触ることすら許されなかった。
 そして、その間に、理佐を襲って、自分を撃った犯人は菱川の報復で命を落としたらしい。犯人だという男たちは防犯カメラに映った男たちだった。泰斗への復讐のために妹である理佐を襲ったのだそうだ。
 それを、まるまる全部信じたわけじゃない。
 それでは、鍵が開いていた理由がわからない。
 泰斗の家の鍵を持っている人物は、泰斗と翡翠。理佐の他にはいないはずだった。

 その疑問への答えが。そこにあった。

 理佐の元恋人という医者は、理佐の死に疑問があると近づいてきた。その男に渡されたPCで自宅の防犯カメラを覗き見ると、サーバーに残された映像は改竄されていた。
 そして、消された最後の映像。

 そこには見たこともない残忍な笑みを浮かべる、泰斗がいた。

「なんで……泰斗さんが?」

 ベッドを下りて、床に座りこみ、翡翠は画面を見ていた。PCを触らせようとしない泰斗から、それを隠すためだったのだが、見たことの意味が分からなくて、立ち上がれなくなってしまった。

「……なんで。理佐を……俺を……」

 かた。
 と、僅かな物音がして、翡翠はびくりと身体を竦ませた。音のする方を振り向くと、そこには泰斗がいた。

「……泰斗……さん」

 表情がない。ただ、じっと、翡翠の持っているPCを凝視して、動かない。

「……どして?」

 呟くと、泰斗がゆっくりと翡翠の方に歩きだした。

「泰斗……さ」

 翡翠の前までくると、彼の持っているPCをいきなり奪い取って、壁に叩きつける。

「っ!!」

 それから、翡翠の腕を乱暴に掴んで、その身体が宙に浮くまで持ち上げた。
 その時見た泰斗の顔は、結局、10年以上翡翠を苦しめることになる。何の感情もなくなってしまったようなその黒い瞳はまるで深い穴のようで、覗きこんだらそこに落ちて行ってしまいそうな気がした。

「……痛っ! 泰斗……さ……いた……い」

 乱暴に扱われて、まだ塞がっていない傷が悲鳴を上げる。
 泰斗に出会って10年。こんな彼を見るのは初めてだった。彼は敵と決めた相手にはとても恐ろしい人だったけれど、少なくとも翡翠や彼を慕う人間には優しかった。
 彼を怒らせるようなことをして、殴られたこともある。でも、彼はいつだって殴られた翡翠より痛そうな顔をした。そんな人だった。

「……はな……し」

 しかし、今、ここにいるのは誰だろう。

 翡翠は思う。
 
 こんな人を翡翠は知らない。

「知りたいか?」
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