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Internally Flawless
07 逢瀬 04
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「あ。スイさん。ここにいたんだ」
ユキと殆ど入れ違いに入ってきたのはケンジだった。その声に、振り返る。
「こんなとこでなにしてんの? 演出家の先生呼んでるよ? ドローンの動き確認したいって」
怪しまれないように、すぐにPCを抱えて立ち上がる。結局調べ物ができなかったけれど、仕方がない。このくらいの遅れは取り戻せるはずだし、それよりもスイにとっては、ユキとの時間の方が大切だった。
「わかった」
顔をあまり見られたくなくて、少し俯く。泣きそうになっていたから、まだ瞳の淵に涙が溜まっている。瞬きをしたら、零れてしまいそうだった。
「どしたの? 目元赤いけど何かあった?」
そう言って、頬に伸びてきたケンジの手に思わずびくりとして、スイはその手を振り払ってしまった。ユキの余韻の残る今は、誰にも触れられたくない。少しでも長く、この身体に残しておきたい。
「あ。ごめん。……えと」
何か取り繕おうと思ったけれど、言葉は出てこなかった。
「スイさん。俺のこと嫌い?」
ケンジの声が真剣。というよりも、重い響きがする。まるで、逃がさないと鎖で縛られるような不快な響きだった。
スイのいた場所は機材が置かれて袋小路になっている場所で、ケンジが入ってきた方が塞がれてしまうと逃げ場がなかった。
「や。そんなことはないけど……」
その通路を塞がれてしまって、スイは戸惑う。いや。振り切ることは可能だと思うが、無茶な逃げ方をしたら、怪しまれるかもしれない。
「じゃさ。真剣に考えてみてよ? 俺と付き合って?」
こんなおっさんと?
と、冗談めかして聞こうとしたがやめる。
ケンジの表情はそんな軽口をたたけるような雰囲気ではない。今さらながら、状況が芳しくないことに気付く。
「俺、結構真剣だよ? スイさんみたいな人。初めて会った」
別にケンジのことが嫌いなわけではない。嫌悪するほどの何も知らない。でも、比べずにはいられなかった。ほんの数分前までここにいたのはユキだ。スイのような人物に会ったことがないと、ケンジは言うけれど、ユキより魅力がある人物にスイも会ったことはない。それに比べて見劣りしない男性なんて、アキしか知らない。二人を知ってしまったスイには、ほかの人なんて誰でも同じだった。
「……ごめん。俺、好きな人いるから」
だから、スイは誤魔化さずはっきりと言った。アキとユキ以外の誰かに好意を向けられるのが今は酷く不快に思えた。
「知ってる。リンちゃんに聞いた。でも、片思いなんでしょ?」
一歩。ケンジが歩み寄る。
そのあまり感情を感じない昏い瞳に、何故か、ぞっと寒気がして、スイは一歩後ずさった。
「ケンジ君。仕事……も。行かないと」
気持ちが悪い感覚が身体を駆けて、ケンジを直視できない。目を逸らしたら危険だと脳は信号を送っているのだが、身体が勝手にそれを拒絶する。
「…………あー。そだね。アイ先生に怒られる」
しかし、返ってきた言葉はいつも通りのケンジそのものだった。顔を上げると、表情もいつもの彼に戻っている。あの昏い影は何だったのだろうか。いや。その答えは知りたくない。
「ごめんね。強要しようとなんて思わないよ? でも、片思いなら、俺のこともキープしといて」
そう言って、ケンジは先に通路を出た。
「ほら、スイさん。はやく行くよー」
詰めていた息を、ほぅ。と吐きだす。僅かに指先が震えていた。
別に、あんな場面くらい何ともないはずなのに。立ち居振る舞いから彼が高い戦闘技術を持っているという印象は受けない。それを、巧妙に隠せる人間も存在するが、多分彼は違うと思う。
それでも、身体が震えた。
どうしてだろう。
スイは思う。その答えも知りたくない。でも、知らないでいることも怖い。
「スイさん??」
反応のないスイにいつも通りの顔のケンジが問いかける。
「今行く」
とにかく、二人以外誰もいないここを出たくて、スイは歩きだした。
ユキと殆ど入れ違いに入ってきたのはケンジだった。その声に、振り返る。
「こんなとこでなにしてんの? 演出家の先生呼んでるよ? ドローンの動き確認したいって」
怪しまれないように、すぐにPCを抱えて立ち上がる。結局調べ物ができなかったけれど、仕方がない。このくらいの遅れは取り戻せるはずだし、それよりもスイにとっては、ユキとの時間の方が大切だった。
「わかった」
顔をあまり見られたくなくて、少し俯く。泣きそうになっていたから、まだ瞳の淵に涙が溜まっている。瞬きをしたら、零れてしまいそうだった。
「どしたの? 目元赤いけど何かあった?」
そう言って、頬に伸びてきたケンジの手に思わずびくりとして、スイはその手を振り払ってしまった。ユキの余韻の残る今は、誰にも触れられたくない。少しでも長く、この身体に残しておきたい。
「あ。ごめん。……えと」
何か取り繕おうと思ったけれど、言葉は出てこなかった。
「スイさん。俺のこと嫌い?」
ケンジの声が真剣。というよりも、重い響きがする。まるで、逃がさないと鎖で縛られるような不快な響きだった。
スイのいた場所は機材が置かれて袋小路になっている場所で、ケンジが入ってきた方が塞がれてしまうと逃げ場がなかった。
「や。そんなことはないけど……」
その通路を塞がれてしまって、スイは戸惑う。いや。振り切ることは可能だと思うが、無茶な逃げ方をしたら、怪しまれるかもしれない。
「じゃさ。真剣に考えてみてよ? 俺と付き合って?」
こんなおっさんと?
と、冗談めかして聞こうとしたがやめる。
ケンジの表情はそんな軽口をたたけるような雰囲気ではない。今さらながら、状況が芳しくないことに気付く。
「俺、結構真剣だよ? スイさんみたいな人。初めて会った」
別にケンジのことが嫌いなわけではない。嫌悪するほどの何も知らない。でも、比べずにはいられなかった。ほんの数分前までここにいたのはユキだ。スイのような人物に会ったことがないと、ケンジは言うけれど、ユキより魅力がある人物にスイも会ったことはない。それに比べて見劣りしない男性なんて、アキしか知らない。二人を知ってしまったスイには、ほかの人なんて誰でも同じだった。
「……ごめん。俺、好きな人いるから」
だから、スイは誤魔化さずはっきりと言った。アキとユキ以外の誰かに好意を向けられるのが今は酷く不快に思えた。
「知ってる。リンちゃんに聞いた。でも、片思いなんでしょ?」
一歩。ケンジが歩み寄る。
そのあまり感情を感じない昏い瞳に、何故か、ぞっと寒気がして、スイは一歩後ずさった。
「ケンジ君。仕事……も。行かないと」
気持ちが悪い感覚が身体を駆けて、ケンジを直視できない。目を逸らしたら危険だと脳は信号を送っているのだが、身体が勝手にそれを拒絶する。
「…………あー。そだね。アイ先生に怒られる」
しかし、返ってきた言葉はいつも通りのケンジそのものだった。顔を上げると、表情もいつもの彼に戻っている。あの昏い影は何だったのだろうか。いや。その答えは知りたくない。
「ごめんね。強要しようとなんて思わないよ? でも、片思いなら、俺のこともキープしといて」
そう言って、ケンジは先に通路を出た。
「ほら、スイさん。はやく行くよー」
詰めていた息を、ほぅ。と吐きだす。僅かに指先が震えていた。
別に、あんな場面くらい何ともないはずなのに。立ち居振る舞いから彼が高い戦闘技術を持っているという印象は受けない。それを、巧妙に隠せる人間も存在するが、多分彼は違うと思う。
それでも、身体が震えた。
どうしてだろう。
スイは思う。その答えも知りたくない。でも、知らないでいることも怖い。
「スイさん??」
反応のないスイにいつも通りの顔のケンジが問いかける。
「今行く」
とにかく、二人以外誰もいないここを出たくて、スイは歩きだした。
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