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Internally Flawless
07 逢瀬 01
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◇翡翠◇
19日目。
その日は、朝から、本会場での調整作業が行われていた。ここ数日は泊りがけで作業しているスタッフも多い。スイも例に漏れず、深夜まで残業することも多かった。と言っても、自分の照明やドローンの仕事が忙しいわけではない。『副業』の方は目立たないよう忙しいふりをしているだけで、忙しいのは『本業』の潜入捜査の方だ。調べたいことは山ほどあって、結局は隠れるように会場内で調べ物をする羽目になった。
今日も、山のように積まれている機材と機材の間に収まって、スイはPCのキーを叩いていた。少しでも集中するために上空にはドローンを飛ばしている。消音器をつけたゴルフボール大のドローンで、スイの周囲一定の距離に人が入ると、アラーム音で知らせてくれる。これも、暇にあかせてスイが作ったものだった。
撮影用のドローンを使う準備を始める時間までのタイムリミットは20分。それまでに、この場所でしか調べられないことや、やっておかないといけない手順がある。しかし、スイは焦ってはいなかった。
20分あれば充分。
そう思った時だった。イヤホンにぴー。っと、アラートを知らせる音声。はっとして、PCを閉じると足音が聞こえてきた。
その足音に、あ。と、小さく声が漏れる。
「ユキ君?」
PCを置いて、機材の隙間から出ると、そこにいたのはユキだった。聞きおぼえがあると思った足音はやっぱり良く知ったユキの足音だった。
「スイさん」
ユキの顔を見るのは5日ぶりだ。ユキの方も相当嬉しかったらしくいきなり抱きしめられた。
「……わ。ユキ君」
ドローンを飛ばしたままなので、今はここには二人しかいないことは確認しなくてもわかっていた。だから、その背中に手を回して、スイもユキを抱きしめる。
「めっちゃ会いたかった。俺、スイさん欠乏症で死ぬかと思った。あースイさんの匂いだ」
スイの髪に顔をうずめてすんすんと匂いを嗅ぎながら、ユキが言う。くすぐったくて、首を竦めると、頬に手を添えられて顔を上げられる。強請るように目を閉じると、ユキがその唇に優しいキスをくれた。
「俺も、会いたかった」
その胸に顔を埋めると、いつものユキのタバコと、男性用の香水の匂いがして足りなかったものが満たされていく気がした。
「こんなに会えないとか……思わなかった」
少し拗ねたように、ユキが言う。でも、それはスイを責めているわけではないのはわかっていた。毎日、届く近況報告にLINEで、警護の仕事に嫌気が差しているのを知っていたからだ。
「あの人……マジで苦手」
普段、ユキは仕事のことにあれこれ文句をつけることはないし、敵と認識している人以外の(あるいは敵認識している相手であっても)他人を悪く言うことは少ない。彼曰く『なんでもかんでも命令してくるからウザい』ということだ。ユキの『ウザい』はかなりレアだと思う。
「今日はいきなりスマホ取りあげられた……」
ぶす。っと拗ねたような表情で、ユキは付け加える。学校に禁止のスマートフォンを持って行って、先生に取りあげられる小学生のようだ。成人男性のスマートフォンを取り上げるって、一体どんな人物なのかと呆れる。
ユキの場合、自分より弱いと分かっている人には確実に手を上げられない。それどころか、怒ることすらしない。だから、されるままなのだろう。
「仕事始まる前にスイさんにLINEしようと思ったのに。送れなくてごめん」
しゅん。と、小さくなる頭が意地らしくて、スイはその髪をできるだけ優しく撫でた。叱られた大型犬のようで、可愛い。撫でられて心地よさげにしている顔に癒される。
「いいよ。こうやって会いに来てくれたし」
別に機密情報というわけでもないから、このあたりでPCをいじっていることはユキには伝えてあった。
19日目。
その日は、朝から、本会場での調整作業が行われていた。ここ数日は泊りがけで作業しているスタッフも多い。スイも例に漏れず、深夜まで残業することも多かった。と言っても、自分の照明やドローンの仕事が忙しいわけではない。『副業』の方は目立たないよう忙しいふりをしているだけで、忙しいのは『本業』の潜入捜査の方だ。調べたいことは山ほどあって、結局は隠れるように会場内で調べ物をする羽目になった。
今日も、山のように積まれている機材と機材の間に収まって、スイはPCのキーを叩いていた。少しでも集中するために上空にはドローンを飛ばしている。消音器をつけたゴルフボール大のドローンで、スイの周囲一定の距離に人が入ると、アラーム音で知らせてくれる。これも、暇にあかせてスイが作ったものだった。
撮影用のドローンを使う準備を始める時間までのタイムリミットは20分。それまでに、この場所でしか調べられないことや、やっておかないといけない手順がある。しかし、スイは焦ってはいなかった。
20分あれば充分。
そう思った時だった。イヤホンにぴー。っと、アラートを知らせる音声。はっとして、PCを閉じると足音が聞こえてきた。
その足音に、あ。と、小さく声が漏れる。
「ユキ君?」
PCを置いて、機材の隙間から出ると、そこにいたのはユキだった。聞きおぼえがあると思った足音はやっぱり良く知ったユキの足音だった。
「スイさん」
ユキの顔を見るのは5日ぶりだ。ユキの方も相当嬉しかったらしくいきなり抱きしめられた。
「……わ。ユキ君」
ドローンを飛ばしたままなので、今はここには二人しかいないことは確認しなくてもわかっていた。だから、その背中に手を回して、スイもユキを抱きしめる。
「めっちゃ会いたかった。俺、スイさん欠乏症で死ぬかと思った。あースイさんの匂いだ」
スイの髪に顔をうずめてすんすんと匂いを嗅ぎながら、ユキが言う。くすぐったくて、首を竦めると、頬に手を添えられて顔を上げられる。強請るように目を閉じると、ユキがその唇に優しいキスをくれた。
「俺も、会いたかった」
その胸に顔を埋めると、いつものユキのタバコと、男性用の香水の匂いがして足りなかったものが満たされていく気がした。
「こんなに会えないとか……思わなかった」
少し拗ねたように、ユキが言う。でも、それはスイを責めているわけではないのはわかっていた。毎日、届く近況報告にLINEで、警護の仕事に嫌気が差しているのを知っていたからだ。
「あの人……マジで苦手」
普段、ユキは仕事のことにあれこれ文句をつけることはないし、敵と認識している人以外の(あるいは敵認識している相手であっても)他人を悪く言うことは少ない。彼曰く『なんでもかんでも命令してくるからウザい』ということだ。ユキの『ウザい』はかなりレアだと思う。
「今日はいきなりスマホ取りあげられた……」
ぶす。っと拗ねたような表情で、ユキは付け加える。学校に禁止のスマートフォンを持って行って、先生に取りあげられる小学生のようだ。成人男性のスマートフォンを取り上げるって、一体どんな人物なのかと呆れる。
ユキの場合、自分より弱いと分かっている人には確実に手を上げられない。それどころか、怒ることすらしない。だから、されるままなのだろう。
「仕事始まる前にスイさんにLINEしようと思ったのに。送れなくてごめん」
しゅん。と、小さくなる頭が意地らしくて、スイはその髪をできるだけ優しく撫でた。叱られた大型犬のようで、可愛い。撫でられて心地よさげにしている顔に癒される。
「いいよ。こうやって会いに来てくれたし」
別に機密情報というわけでもないから、このあたりでPCをいじっていることはユキには伝えてあった。
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