229 / 414
Internally Flawless
06 恋情 02
しおりを挟む
「……翡翠」
目の前にいない人の名前を呼ぶ。
身体を重ねるときの溶け切った表情。掌に吸いつくような滑らかな肌。甘い香りと喘ぎ。絡めた舌の味。
受け入れるためにはできていない身体を、彼自身の意志で精一杯ひらいてくれる愛情も。その行為が与えてくれる快楽も、幸福感も。
目を閉じなくてもすべて、ついさっきの出来事のように思い出せる。そのすべてが、壊される可能性が少しでもあるなら、寛容にはなれないし、守るためなら攻撃的になってしまうことは止められない。
「翡翠」
『秋生』
シャワーの水音が、タイルの床を叩く。その隙間、スイの声が聞こえた気がした。いや、本当は聞こえていないことくらいわかっている。
わかってはいても、聞こえた。その声は最後に身体を重ねた日のそれだった。
その日も、川和志狼に微笑みかけるスイに苛立ち紛れに子供じみたいたずらをして、結局は自己嫌悪でいっぱいになって、罪滅ぼしのように優しく抱いた。
翡翠色の瞳に一杯に涙を溜めて、頬を上気させて、アキを受け入れたときの快楽に濡れたスイの顔。その身体には幾つもアキが残した赤い跡が残っていた。
「……ッ」
それが、つまらない嫉妬だとスイは気づいているだろう。それでも、彼は全部受け入れてくれる。だから、余計に罪悪感はあるのだけれど、受け入れられる優越感を知ってしまったら、歯止めが効かなくなりそうだった。否、既に歯止めはその役割を成していない。
『アキ……秋生。……す……き』
記憶の中のスイが囁く。
抱擁を強請る腕が見えた気がして、掻き抱いても、腕の中には何も残らなかった。
「ん……っっ」
残ったのは、ただ、その人の姿に昂ってしまったアキ自身の身体だけだ。頭からシャワーを被ったまま、アキは自分自身のソレに手をかけた。
「ん」
熱い水滴が身体を滴る感覚。背中を流れる熱さに、いつもひやりと冷たいその人の指先がほんのわずかの間、熱を持って縋るように背中を撫でる感触を思い出す。子供のような無防備さとは対照的な熱を含んだ視線。快楽の隙間交わったそれに、ぞくり。と、暴力的な欲が湧き上がった。その衝動に流されるまま、ソレを握った手を上下させる。
「ひす……い」
自分で慰めることがないわけではない。スイに無理をさせたくないと、三人で決めた約束を守ろうとすれば足りないのは当たり前だ。それをほかで発散することなどもう考えられなくなっているアキは、こんなふうにスイに知られないように一人で身体を静めることが少なくない。
「……はっ……く……」
乱暴に前を扱きながら、恋人の姿を瞼の裏におう。
その姿はどれも、アキだけが見られるスイの乱れた姿ばかりだ。それが、ひどく浅ましいことのように思える。思っているのに、手は止められなかった。
『ア……ん……アキぃ。ね? ……気持ち……い?』
ドロドロに溶けたチョコレートのような甘い、あまいスイの身体の内側と、その声。舌足らずな言葉と潤んだ瞳がまるで少年のようでその落差に眩暈がしそうだった。
手の動きが次第に早くなる。
「翡翠……っ」
『秋……生……あいして……る』
嬌声の合間、苦しげに漏れた言葉にアキのソレは限界を迎えた。
「……っはぁ」
掌には自分自身の白濁した液体が付いている。
「……くそっ」
それが、酷く不快なことのような気がして、アキはそれをシャワーの湯で流した。
もう、10日。声も聞いていない。出会ってから、こんなに長い間、連絡を取らなかったことは、恋人同士になる前すらなかった。
会いたいとか、声を聞きたいと思うことは当然だと思う。確かに喧嘩はしたけれど、好きだという気持ちに変わりはない。
でも、こんな風に、抱きたいと思うことが、今はとても悪いことのような気がする。『そういう目』で見られていることを自覚しろと言っておきながら、自分自身がスイを『そういう目』で見ている自分勝手さに呆れる。
だからこそ、何度も連絡しようと開いたスマートフォンの前で、指が止まってしまった。
「翡翠……あいたい」
乱暴にシャワーを止めて、アキはバスルームを出た。
目の前にいない人の名前を呼ぶ。
身体を重ねるときの溶け切った表情。掌に吸いつくような滑らかな肌。甘い香りと喘ぎ。絡めた舌の味。
受け入れるためにはできていない身体を、彼自身の意志で精一杯ひらいてくれる愛情も。その行為が与えてくれる快楽も、幸福感も。
目を閉じなくてもすべて、ついさっきの出来事のように思い出せる。そのすべてが、壊される可能性が少しでもあるなら、寛容にはなれないし、守るためなら攻撃的になってしまうことは止められない。
「翡翠」
『秋生』
シャワーの水音が、タイルの床を叩く。その隙間、スイの声が聞こえた気がした。いや、本当は聞こえていないことくらいわかっている。
わかってはいても、聞こえた。その声は最後に身体を重ねた日のそれだった。
その日も、川和志狼に微笑みかけるスイに苛立ち紛れに子供じみたいたずらをして、結局は自己嫌悪でいっぱいになって、罪滅ぼしのように優しく抱いた。
翡翠色の瞳に一杯に涙を溜めて、頬を上気させて、アキを受け入れたときの快楽に濡れたスイの顔。その身体には幾つもアキが残した赤い跡が残っていた。
「……ッ」
それが、つまらない嫉妬だとスイは気づいているだろう。それでも、彼は全部受け入れてくれる。だから、余計に罪悪感はあるのだけれど、受け入れられる優越感を知ってしまったら、歯止めが効かなくなりそうだった。否、既に歯止めはその役割を成していない。
『アキ……秋生。……す……き』
記憶の中のスイが囁く。
抱擁を強請る腕が見えた気がして、掻き抱いても、腕の中には何も残らなかった。
「ん……っっ」
残ったのは、ただ、その人の姿に昂ってしまったアキ自身の身体だけだ。頭からシャワーを被ったまま、アキは自分自身のソレに手をかけた。
「ん」
熱い水滴が身体を滴る感覚。背中を流れる熱さに、いつもひやりと冷たいその人の指先がほんのわずかの間、熱を持って縋るように背中を撫でる感触を思い出す。子供のような無防備さとは対照的な熱を含んだ視線。快楽の隙間交わったそれに、ぞくり。と、暴力的な欲が湧き上がった。その衝動に流されるまま、ソレを握った手を上下させる。
「ひす……い」
自分で慰めることがないわけではない。スイに無理をさせたくないと、三人で決めた約束を守ろうとすれば足りないのは当たり前だ。それをほかで発散することなどもう考えられなくなっているアキは、こんなふうにスイに知られないように一人で身体を静めることが少なくない。
「……はっ……く……」
乱暴に前を扱きながら、恋人の姿を瞼の裏におう。
その姿はどれも、アキだけが見られるスイの乱れた姿ばかりだ。それが、ひどく浅ましいことのように思える。思っているのに、手は止められなかった。
『ア……ん……アキぃ。ね? ……気持ち……い?』
ドロドロに溶けたチョコレートのような甘い、あまいスイの身体の内側と、その声。舌足らずな言葉と潤んだ瞳がまるで少年のようでその落差に眩暈がしそうだった。
手の動きが次第に早くなる。
「翡翠……っ」
『秋……生……あいして……る』
嬌声の合間、苦しげに漏れた言葉にアキのソレは限界を迎えた。
「……っはぁ」
掌には自分自身の白濁した液体が付いている。
「……くそっ」
それが、酷く不快なことのような気がして、アキはそれをシャワーの湯で流した。
もう、10日。声も聞いていない。出会ってから、こんなに長い間、連絡を取らなかったことは、恋人同士になる前すらなかった。
会いたいとか、声を聞きたいと思うことは当然だと思う。確かに喧嘩はしたけれど、好きだという気持ちに変わりはない。
でも、こんな風に、抱きたいと思うことが、今はとても悪いことのような気がする。『そういう目』で見られていることを自覚しろと言っておきながら、自分自身がスイを『そういう目』で見ている自分勝手さに呆れる。
だからこそ、何度も連絡しようと開いたスマートフォンの前で、指が止まってしまった。
「翡翠……あいたい」
乱暴にシャワーを止めて、アキはバスルームを出た。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜
高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる