遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

05 恋慕 06

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『翡翠』

 ふと。記憶の中のアキの声。低くて甘くて優しい声。
 本当に聞こえているわけではない。けれど、耳の奥で再生されただけで、ずくん。と、身の内から何かが生まれた。

『ここ。すき? きもちいって顔してる。かわいい』

 声に導かれるように手を動かすと、身の内に生まれた何かがその部分に集まっていくように思えた。それに名前を付けるなら、間違いなく『快楽』だと、スイも知っていた。それは、アキがスイに教えてくれたものだった。

「……アキ……あ……ぁ」

 次第に手の中のソレは固さを増していく。さっきまでとは違う。気持ちいい。

『もっと早くしようか? それとも、こうやって強くする?』

 想像の、否、妄想の中のアキが言う。まるで目に見えない糸に繰られる操り人形だ。アキの言葉ののままにスイの手が動く。
 ぐりぐり。と、先端を強く擦りながら、ぎゅ。と、空いた手でそれを握る。

「あ……あ……」

 そうすると今度は、ぞく。と、下腹部に疼きが走る。

「え? ……ん。やっ」

 切ないその疼きに、めちゃくちゃに両手を動かして、前の快感でそれを散らそうとするけれど、上手くはいかなかった。

『ここに。俺の。ほしくない?』

 囁く声が聞こえる。ふるふる。と、首を横に振るけれど、身体の奥の疼きは隠しようがない。受け入れるためにできているわけでもないのに、受け入れたとしても何も生み出すことなんてできないのに、空虚に疼く身体を埋めてほしいと、だらしなく身体は強請っている。

『なかに入らせて? 翡翠』

 それ以上、もう、逆らうことができなかった。
 こく。と、小さく喉が上下する。うつ伏せになって、背中から手を回し、おずおずとソコに触れる。先走りで濡れていたから思い切って指先を押し込む。軽い抵抗のあと、つぷ。と、ソコはスイの指を飲み込んだ。

「……っン」

 痛みはない。けれど、異物感と抵抗感。それでも構わずに、奥に進む。

『力抜いて? ちゃんと、息して? ほら、ここ』

 目を閉じ、必死にアキの面影をたどる。アキがしてくれたように、吐息を、熱を、愛撫を追いかける。記憶のアキが触れた場所に指先が届いた瞬間。今までよりもずっと強い痺れるような快感がソコから駆け抜けた。ぎゅ。と、抑えていなかったら、呆気なく達してしまっていたかもしれない。

「あ? ……あ。あ。なに……? これ」

 一度知ってしまったら指は勝手に動いて止まってはくれなかった。

「あ……んんっ。あ……っアキ……ぃ」

 もう、何も考えられずに指を動かす。気付くと、指は二本に増えていた。くちゅ。と、厭らしい音が響いても、それは耳までは届いていなかった。

『上手。翡翠の中うねって、キスしてくれてるみたいだ』

 記憶の中のアキが囁いている。それは、もう、本当にスイの背中を抱いて囁いていたいつかの彼そのものだった。
 酷く、気持ちがいい。自分の指だということを忘れて、記憶の中のアキに身を委ねる。

「……アキ……。おれ……も」

 夢中で前を扱きながら、差し入れた指を動かす。濡れた水音はさらに高くなっていく。身の内に高まってくる熱に浮かされたようにスイの意識は記憶と現実の間で揺らいでいた。

『いいよ? イって?』

 アキの言葉が聞こえた瞬間。集まって高まった熱が爆発した。
 きゅう。と、ソコが収縮して差し入れたままの指を締め付ける。ゆるゆる。と、手を動かして、射精後の余韻に浸る。
 吐息が荒い。のぼせたみたいに、部屋の時計の音が遠くなる。かわりに鼓動の音がはっきりと聞こえる。いつの間にか流れていた涙が、頬を伝って枕に落ちた。

「……なに……やってんだよ」

 荒かった吐息が収まってくるのも、スイの思考が冷静さを取り戻すのにも時間はさほど必要なかった。冷めてくると、自分が酷く恥ずかしくて、浅ましいことをしているのだと再確認してしまう。
 手に残る一人遊びの後を見るのは消えてしまいたくなるほどに恥ずかしかった。

「……最低だ」

 それから、アキに対してひどくやましいことをした気持ちになって、瞳の端に涙が溜まる。まだ、半月も離れていたわけではないのに、こんな厭らしい妄想にアキを登場させてしまった。酷い自己嫌悪。こんなことが知られたら、呆れられる。でも、アキに顔を見られたら、みにくい自分に気付かれてしまう。とてもポーカーフェイスなんてできそうにない。
 次、いつ会えるかもわからないのに、会うのが怖くなってしまう。

「……ごめん」

 それでも、会いたくてたまらない。
 達したはずなのに、何かが足りない。それは、欲とは違う何かが満たされないからなのだと、スイも気付いていた。

「アキ……あいたいよ」

 絞り出すように呟いたスイの声はアキには届くことなく、一人きりの部屋の空気に溶けて消えた。
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