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Internally Flawless
05 恋慕 04
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◇翡翠◇
10日目。
家に帰りついて、スイはドアを開けた。
「……ただいま」
もちろん、返事などない。
時間は10時。今日は早く帰れた方だ。
暗い部屋はしんと静まり返って、ひどく寒々しい。手探りで電気のスイッチを探して明かりをつけても、なんだか薄暗い気がした。
「疲れた」
ぼそり。と、呟いて、薄手の春コートを脱いで、ソファに投げる。PCの入ったバッグはベッドの脇に置いた。それから、自分自身はそのままの格好で、ベッドに身体を投げ出した。
そこは、スイが借りている『セカンドハウス』の一つだった。もちろん、以前、ヤクザに追われて逃げ込んだ場所ではない。スイはもしものときのためにいくつかの部屋をキープしている。その中の一つだ。大抵の部屋は、一度使うと契約を解除してもう二度と使わない。だから、この部屋もこの件が片付いたらもう、訪れることはなくなるだろう。
別にこの部屋には何の思い入れもない。モノトーンで揃えた家具もただ家具としての機能があればいいだけもので、愛着もない。部屋に居るときは、ずっとPCの画面を見ているだけだ。今すぐここを出なければいけないなら、PCさえ持っていれば他は何もいらない。
鍵がかかって、雨風が防げればどこでもいいのだ。
「ユキ君。メシちゃんと食べてるかな」
小さく呟く。
ただいま。に、おかえり。と、当たり前のように帰ってくる場所。
ドアを開いたその瞬間から、温かさを感じる場所。
疲れた心と身体を癒してくれる場所。
何があっても捨てたくない場所。
スイにとっての『家』は、二人と暮らすあの場所だけだった。
手を伸ばしてベッドの脇のバッグからスマートフォンを取り出す。通知ありの明かりが点灯している。画面を立ち上げるとLINEメッセージを知らせるアイコンが表示されていた。このスマートフォンはプライベート用で、連絡先が登録されている相手はかなり限られている。
確認すると、ユキだった。今日になってから、すでに20件目のメッセージだ。
『でさ。
今日は自分でパスタ作った』
『ペペロンチーノ。
まっずいのww』
『スイさんのメシくいたいな』
メッセージに続いて、大型犬がヘソ天しているスタンプ。なでて。の文字に思わず画面を撫でる。
ユキに触れたい。触れてほしい。
『あしたは早番。
もうねる。ね』
つづいて、おやすみ。と、丸まって眠る犬のスタンプ。スイの膝に頭を預けて丸まって眠っているユキを思い出す。柔らかな髪の感触と、静かな息遣い。穏やかに流れる時間がスイは好きだった。
『俺もナオ君とパスタ食ったよ。
うまかった。
けど、今度はユキ君と一緒に食べたい』
メッセーに続いて、会いたい。と、寂しそうな顔をした猫のスタンプを押そうとして、やめる。かわりに、おつかれさま。のメッセージ入りのスタンプを送る。会いたいとか、寂しいとか、自分から家を出たくせにおこがましい気がしたし、そんな子供みたいな我儘でユキを困らせたくなかった。
スイにメッセージは既読にならなかった。恐らくは寝てしまっているのだろう。早朝からの仕事のシフトだと、この時間は休んでいないときついはずだ。だから、なおさら、我儘なんて言えない。
メッセージはそれだけだった。仕事終わりで確認してあったから、まだ、前回見てから2時間も経っていない。それでも、確認せずにはいられない。ユキのメッセージだけが今のスイの楽しみだったからだ。けれど、それを確認することは、もう一つの事実をスイに突きつけることになっていた。
アキからは今日も連絡がない。
「……アキ……く」
未練がましくアキとの過去のやり取りを開く。最後のメッセージは『愛しているよ』だった。アキはいつだってスイに対しての気持ちを分かりやすい言葉で伝えてくれる。照れて誤魔化したりしない。だから、アキからの言葉がないのが不安で仕方なかった。
『ごめ』
そこまでメッセージを入れてから、消去する。毎日これの繰り返しだ。送ってしまえばいいのに、送れないままいる。返事が来ないかもしれないことが怖いからだ。愛情を隠さないアキは、きっと、愛情がなくなってしまったことも隠さないだろう。
10日目。
家に帰りついて、スイはドアを開けた。
「……ただいま」
もちろん、返事などない。
時間は10時。今日は早く帰れた方だ。
暗い部屋はしんと静まり返って、ひどく寒々しい。手探りで電気のスイッチを探して明かりをつけても、なんだか薄暗い気がした。
「疲れた」
ぼそり。と、呟いて、薄手の春コートを脱いで、ソファに投げる。PCの入ったバッグはベッドの脇に置いた。それから、自分自身はそのままの格好で、ベッドに身体を投げ出した。
そこは、スイが借りている『セカンドハウス』の一つだった。もちろん、以前、ヤクザに追われて逃げ込んだ場所ではない。スイはもしものときのためにいくつかの部屋をキープしている。その中の一つだ。大抵の部屋は、一度使うと契約を解除してもう二度と使わない。だから、この部屋もこの件が片付いたらもう、訪れることはなくなるだろう。
別にこの部屋には何の思い入れもない。モノトーンで揃えた家具もただ家具としての機能があればいいだけもので、愛着もない。部屋に居るときは、ずっとPCの画面を見ているだけだ。今すぐここを出なければいけないなら、PCさえ持っていれば他は何もいらない。
鍵がかかって、雨風が防げればどこでもいいのだ。
「ユキ君。メシちゃんと食べてるかな」
小さく呟く。
ただいま。に、おかえり。と、当たり前のように帰ってくる場所。
ドアを開いたその瞬間から、温かさを感じる場所。
疲れた心と身体を癒してくれる場所。
何があっても捨てたくない場所。
スイにとっての『家』は、二人と暮らすあの場所だけだった。
手を伸ばしてベッドの脇のバッグからスマートフォンを取り出す。通知ありの明かりが点灯している。画面を立ち上げるとLINEメッセージを知らせるアイコンが表示されていた。このスマートフォンはプライベート用で、連絡先が登録されている相手はかなり限られている。
確認すると、ユキだった。今日になってから、すでに20件目のメッセージだ。
『でさ。
今日は自分でパスタ作った』
『ペペロンチーノ。
まっずいのww』
『スイさんのメシくいたいな』
メッセージに続いて、大型犬がヘソ天しているスタンプ。なでて。の文字に思わず画面を撫でる。
ユキに触れたい。触れてほしい。
『あしたは早番。
もうねる。ね』
つづいて、おやすみ。と、丸まって眠る犬のスタンプ。スイの膝に頭を預けて丸まって眠っているユキを思い出す。柔らかな髪の感触と、静かな息遣い。穏やかに流れる時間がスイは好きだった。
『俺もナオ君とパスタ食ったよ。
うまかった。
けど、今度はユキ君と一緒に食べたい』
メッセーに続いて、会いたい。と、寂しそうな顔をした猫のスタンプを押そうとして、やめる。かわりに、おつかれさま。のメッセージ入りのスタンプを送る。会いたいとか、寂しいとか、自分から家を出たくせにおこがましい気がしたし、そんな子供みたいな我儘でユキを困らせたくなかった。
スイにメッセージは既読にならなかった。恐らくは寝てしまっているのだろう。早朝からの仕事のシフトだと、この時間は休んでいないときついはずだ。だから、なおさら、我儘なんて言えない。
メッセージはそれだけだった。仕事終わりで確認してあったから、まだ、前回見てから2時間も経っていない。それでも、確認せずにはいられない。ユキのメッセージだけが今のスイの楽しみだったからだ。けれど、それを確認することは、もう一つの事実をスイに突きつけることになっていた。
アキからは今日も連絡がない。
「……アキ……く」
未練がましくアキとの過去のやり取りを開く。最後のメッセージは『愛しているよ』だった。アキはいつだってスイに対しての気持ちを分かりやすい言葉で伝えてくれる。照れて誤魔化したりしない。だから、アキからの言葉がないのが不安で仕方なかった。
『ごめ』
そこまでメッセージを入れてから、消去する。毎日これの繰り返しだ。送ってしまえばいいのに、送れないままいる。返事が来ないかもしれないことが怖いからだ。愛情を隠さないアキは、きっと、愛情がなくなってしまったことも隠さないだろう。
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