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Internally Flawless
05 恋慕 02
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「あの……こんなことお伺いするなんて、とても失礼なこととは思うんですが……。アイ先生がどうしても聞いてきてほしいとおっしゃって……それから、舞台美術のケンジさんも……それと……背景作成の木下さんと……音響のマリさんも……」
躊躇いがちに彼女は何人かのスタッフの名前を上げる。全員顔と名前が一致している人物だ。数日前の飲み会でも話をしたし、多分今日も同じ会場で仕事をしてしているはずだ。
頷いて、先を促すけれど、リンは質問に入ろうとしない。忙しいわけでもないし、イライラするようなことはないけれど、こんな風に遠慮ばかりしているから、パシリに使われているのだと、彼女は知っているのだろうか。と、思って苦笑する。
アイ先生というのは、彼女が師事している舞台デザイナーで、かなりごっついオネエさまだ。彼女の様子から察するに質問はおそらくスイが聞かれたくないことに間違いない。
「スイさん。お付き合いしてらっしゃる方とかいらっしゃるんですか?」
案の定。という質問をされて、スイはため息をついた。ケンジには何度も直接聞かれていたのだが、全部笑って誤魔化している。あれだけ明確に言葉を濁しているのに、スイが邪険に扱いづらいであろうリンを使って聞き出そうとする執着はどこからくるのだろう。
「……誰得だよ」
思わず呟く。
「え?」
スイのつぶやきが聞こえなかったのか、リンは聞き返してきた。スイの気分を害したのだろうかと、不安げな視線がスイの顔のあたりに彷徨っていた。
「なんでもない」
大体、スイに今付き合っている人がいたとして、いなかったとしても。だ。それが分かったからといって、何の意味があるんだろう。
スイは思う。
ゴシップ好きは勝手にすればいいけれど、詮索されるのは不快だった。しかも、いかにも浮ついた話題が好きそうなケンジやマリはともかく、あの木下という男もそんなことを気にしているのだという事実に寒気がした。
「……あの……さ」
本当のことを言う必要はない。しかし、おとり捜査をしている今の状況なら、それ相応の答えをしたほうがいい気がする。この場合、何と答えるのが正解なのだろう。
「……あーえと」
リンが瞳をうるうるさせて見上げてくる。ここではぐらかしたら、質問の答えを聞いてこなかったことをあのオネエさまに怒られるんだろうか。それで、また、こき使われるのかと思うと、少し可哀そうになった。
「……いない? かな」
だから、スイは答えた。
やっぱり、この場合いないと答える方が正解な気がする。どこで、この会話を聞かれているか分からない。と、いうよりも、この後ここだけの話で終わるわけがないのだ。ケンジもマリもデザイナーのおネエさまも、かなりのスピーカーだから、リンにその気がなくても、明日になったらこの会話は会場中のスタッフの知るところになるだろう。
いない方がいいでしょ。手垢ついてないっていうか。いや。も、結構、汚れてますけど。
と、心の声にセルフ突っ込みを入れる。自分で突っ込みを入れておいて、自分の突っ込みに落ち込んでしまう。この年になって『ピュアです』アピールとか笑えない。
「そうなんですか!」
ぱっと、明るい表情になって、リンは言った。
その喜びの表情に何か釈然としないものを感じる。答えがどうであれ、聞き出せたということが嬉しいんだろうか。そう思いたい。
「あ。いや。その……好きな人はいるけど」
ここまでは、問題なかった。けれど、リンの喜ぶ顔をみたら、思わず言葉が零れだしてしまった。
「片思い」
現在の状況は限りなくそれに近いと、スイは思う。
警備の仕事は1回の勤務が6時間から8時間で、彼女のスケジュールに合わせて朝6時から夜24時までの不定期。深夜から早朝はマンションの外に警察官が常駐する形で、特別な場合を覗いて休みになる。一方スイは普通のブラック企業なので、会える時間はあまりない。それでも、ユキは毎日連絡をくれるし、時間が開けばこっそりと顔も見せてくれた。
ただ、アキにはまだ連絡を取っていなかった。返事が来ないのが怖くて、LINEすら送れない。姿を見られたのも初日だけで、その後はどこにいるかもわからなかった。うすうす気づいてはいたのだが、結局、この選択の方が会える機会は減ってしまった。
だから、『片思い』いつも、考えるのは二人のことばかりだ。
躊躇いがちに彼女は何人かのスタッフの名前を上げる。全員顔と名前が一致している人物だ。数日前の飲み会でも話をしたし、多分今日も同じ会場で仕事をしてしているはずだ。
頷いて、先を促すけれど、リンは質問に入ろうとしない。忙しいわけでもないし、イライラするようなことはないけれど、こんな風に遠慮ばかりしているから、パシリに使われているのだと、彼女は知っているのだろうか。と、思って苦笑する。
アイ先生というのは、彼女が師事している舞台デザイナーで、かなりごっついオネエさまだ。彼女の様子から察するに質問はおそらくスイが聞かれたくないことに間違いない。
「スイさん。お付き合いしてらっしゃる方とかいらっしゃるんですか?」
案の定。という質問をされて、スイはため息をついた。ケンジには何度も直接聞かれていたのだが、全部笑って誤魔化している。あれだけ明確に言葉を濁しているのに、スイが邪険に扱いづらいであろうリンを使って聞き出そうとする執着はどこからくるのだろう。
「……誰得だよ」
思わず呟く。
「え?」
スイのつぶやきが聞こえなかったのか、リンは聞き返してきた。スイの気分を害したのだろうかと、不安げな視線がスイの顔のあたりに彷徨っていた。
「なんでもない」
大体、スイに今付き合っている人がいたとして、いなかったとしても。だ。それが分かったからといって、何の意味があるんだろう。
スイは思う。
ゴシップ好きは勝手にすればいいけれど、詮索されるのは不快だった。しかも、いかにも浮ついた話題が好きそうなケンジやマリはともかく、あの木下という男もそんなことを気にしているのだという事実に寒気がした。
「……あの……さ」
本当のことを言う必要はない。しかし、おとり捜査をしている今の状況なら、それ相応の答えをしたほうがいい気がする。この場合、何と答えるのが正解なのだろう。
「……あーえと」
リンが瞳をうるうるさせて見上げてくる。ここではぐらかしたら、質問の答えを聞いてこなかったことをあのオネエさまに怒られるんだろうか。それで、また、こき使われるのかと思うと、少し可哀そうになった。
「……いない? かな」
だから、スイは答えた。
やっぱり、この場合いないと答える方が正解な気がする。どこで、この会話を聞かれているか分からない。と、いうよりも、この後ここだけの話で終わるわけがないのだ。ケンジもマリもデザイナーのおネエさまも、かなりのスピーカーだから、リンにその気がなくても、明日になったらこの会話は会場中のスタッフの知るところになるだろう。
いない方がいいでしょ。手垢ついてないっていうか。いや。も、結構、汚れてますけど。
と、心の声にセルフ突っ込みを入れる。自分で突っ込みを入れておいて、自分の突っ込みに落ち込んでしまう。この年になって『ピュアです』アピールとか笑えない。
「そうなんですか!」
ぱっと、明るい表情になって、リンは言った。
その喜びの表情に何か釈然としないものを感じる。答えがどうであれ、聞き出せたということが嬉しいんだろうか。そう思いたい。
「あ。いや。その……好きな人はいるけど」
ここまでは、問題なかった。けれど、リンの喜ぶ顔をみたら、思わず言葉が零れだしてしまった。
「片思い」
現在の状況は限りなくそれに近いと、スイは思う。
警備の仕事は1回の勤務が6時間から8時間で、彼女のスケジュールに合わせて朝6時から夜24時までの不定期。深夜から早朝はマンションの外に警察官が常駐する形で、特別な場合を覗いて休みになる。一方スイは普通のブラック企業なので、会える時間はあまりない。それでも、ユキは毎日連絡をくれるし、時間が開けばこっそりと顔も見せてくれた。
ただ、アキにはまだ連絡を取っていなかった。返事が来ないのが怖くて、LINEすら送れない。姿を見られたのも初日だけで、その後はどこにいるかもわからなかった。うすうす気づいてはいたのだが、結局、この選択の方が会える機会は減ってしまった。
だから、『片思い』いつも、考えるのは二人のことばかりだ。
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