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Internally Flawless
05 恋慕 01
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◇翡翠◇
7日目。
数日間は大した問題が起こることもなかった。スイの仕事の方も、ユキたちの現場の方も。だ。
ただし、スイが詰めている現場では何事もなかったのだが、別の現場では仕事に出てこないバイトがいるらしかった。ただ、このバイトはケンジが言っていたようにかなりきつい仕事が多く、スイのようなデスクワークは殆どない。だから、単に仕事がきつくて逃げ出しただけかもしれない。過去にそんな人間がたくさんいたのも確かだった。そちらの裏をとるのは別の捜査員の仕事だったから、スイの仕事上は概ね何の問題も起きてはいなかった。
あの飲み会の夜に不審な行動を取っていた木下類もその後はいたって普通で、スイに声すら駆けてくることはなかった。ただ、遠くから視線を感じて振り返るとすい。と、視線を逸らすルイを見ることは何度かあった。
ここ数日間、スイは、殆どをPCの前か、そうでなければ照明の位置の確認のために会場の客席にいた。そんな、いわゆる普通の仕事は退屈で仕方なかった。
スイなりに今回の事件について、山ほどいる関係者について、調べたいことはいくらでもあった。しかし、まさか何人もの人が頻繁に行き来していて、いつPCを覗き込まれるか予測できない仕事場で不正行為ギリギリ(?)の『調べもの』をするわけにもいかない。ネットの検索エンジンで何かを検索する。というのとはわけが違うのだ。どこに犯罪者の目があるか分からない。それどころか、スイのやり方では同僚である警察官にすら見つかったらアウトかもしれない。だから、『本気』の『調べもの』をするのは自宅に帰ってからと決めていた。
「お疲れ様です」
声をかけられてスイは振り向いた。
そこには白に近いピンク色のショートヘアの女性が立っていた。その手には紙カップのコーヒーを載せたトレイを持っている。少女のような可愛らしい容姿に、多分150㎝ほどしかない小柄なその人を、紹介されたときは学生のバイトかと思っていた。しかし、彼女は某有名大学卒の社会人で、デザイン事務所から派遣されてきたそうだった。
「スイさん。ブラックでよかったですよね?」
そう言って、彼女がスイにカップを差し出す。
「ありがとう。リンさん」
お礼を言って、スイはそれを受け取った。
ケンジがどこに居ても『スイさん』と呼ぶもんだから、すっかり、その呼び方が定着してしまって、今では殆どの人がそう呼ぶようになっていた。何かを考え込んでいる時に完全に偽名の苗字を呼ばれると、気付かないことがあるかもしれないから、その方が都合がいいかなとも思う。
「あの……」
彼女は会場の演出を担当したデザイナーのアシスタントだった。けれど、どうもそれは建前でほぼ使いっぱしりに使われているように見えた。お茶汲みや、資料整理、他の者が汚した休憩室の片づけ。買い出しなどの雑用をさせられているのはよく見かけたが、その度に彼女が両手に余るほどの荷物を持っているのを見て、女の子一人に買い出しをさせるとか、鬼畜だな。と、何度か買い出しを手伝ったこともある。
そのせいなのか、普段はおどおどしている彼女だったが、スイにはすこし、打ち解けているように見えた。
「ん? どした?」
派手な人たちとは正直距離を置きたいと思っていたスイだったが、あまり出しゃばらず、馴れ馴れしく話をすることもない彼女のことはあまり苦手には思っていない。だから、コーヒーを渡し終えたのに、もじもじと何か言いたげにそのままそこにいる彼女にスイは声をかけた。
「うかがってもいいですか?」
とても丁寧な言葉づかいをすることも、彼女に悪い印象を持たなかった理由だ。
「いいけど」
彼女にもらったカップに口を付けながら、スイは答える。
7日目。
数日間は大した問題が起こることもなかった。スイの仕事の方も、ユキたちの現場の方も。だ。
ただし、スイが詰めている現場では何事もなかったのだが、別の現場では仕事に出てこないバイトがいるらしかった。ただ、このバイトはケンジが言っていたようにかなりきつい仕事が多く、スイのようなデスクワークは殆どない。だから、単に仕事がきつくて逃げ出しただけかもしれない。過去にそんな人間がたくさんいたのも確かだった。そちらの裏をとるのは別の捜査員の仕事だったから、スイの仕事上は概ね何の問題も起きてはいなかった。
あの飲み会の夜に不審な行動を取っていた木下類もその後はいたって普通で、スイに声すら駆けてくることはなかった。ただ、遠くから視線を感じて振り返るとすい。と、視線を逸らすルイを見ることは何度かあった。
ここ数日間、スイは、殆どをPCの前か、そうでなければ照明の位置の確認のために会場の客席にいた。そんな、いわゆる普通の仕事は退屈で仕方なかった。
スイなりに今回の事件について、山ほどいる関係者について、調べたいことはいくらでもあった。しかし、まさか何人もの人が頻繁に行き来していて、いつPCを覗き込まれるか予測できない仕事場で不正行為ギリギリ(?)の『調べもの』をするわけにもいかない。ネットの検索エンジンで何かを検索する。というのとはわけが違うのだ。どこに犯罪者の目があるか分からない。それどころか、スイのやり方では同僚である警察官にすら見つかったらアウトかもしれない。だから、『本気』の『調べもの』をするのは自宅に帰ってからと決めていた。
「お疲れ様です」
声をかけられてスイは振り向いた。
そこには白に近いピンク色のショートヘアの女性が立っていた。その手には紙カップのコーヒーを載せたトレイを持っている。少女のような可愛らしい容姿に、多分150㎝ほどしかない小柄なその人を、紹介されたときは学生のバイトかと思っていた。しかし、彼女は某有名大学卒の社会人で、デザイン事務所から派遣されてきたそうだった。
「スイさん。ブラックでよかったですよね?」
そう言って、彼女がスイにカップを差し出す。
「ありがとう。リンさん」
お礼を言って、スイはそれを受け取った。
ケンジがどこに居ても『スイさん』と呼ぶもんだから、すっかり、その呼び方が定着してしまって、今では殆どの人がそう呼ぶようになっていた。何かを考え込んでいる時に完全に偽名の苗字を呼ばれると、気付かないことがあるかもしれないから、その方が都合がいいかなとも思う。
「あの……」
彼女は会場の演出を担当したデザイナーのアシスタントだった。けれど、どうもそれは建前でほぼ使いっぱしりに使われているように見えた。お茶汲みや、資料整理、他の者が汚した休憩室の片づけ。買い出しなどの雑用をさせられているのはよく見かけたが、その度に彼女が両手に余るほどの荷物を持っているのを見て、女の子一人に買い出しをさせるとか、鬼畜だな。と、何度か買い出しを手伝ったこともある。
そのせいなのか、普段はおどおどしている彼女だったが、スイにはすこし、打ち解けているように見えた。
「ん? どした?」
派手な人たちとは正直距離を置きたいと思っていたスイだったが、あまり出しゃばらず、馴れ馴れしく話をすることもない彼女のことはあまり苦手には思っていない。だから、コーヒーを渡し終えたのに、もじもじと何か言いたげにそのままそこにいる彼女にスイは声をかけた。
「うかがってもいいですか?」
とても丁寧な言葉づかいをすることも、彼女に悪い印象を持たなかった理由だ。
「いいけど」
彼女にもらったカップに口を付けながら、スイは答える。
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