遠くて近い世界で

司書Y

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Internally Flawless

04 同僚 01

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 ◇翡翠◇

 5日目。

 その日は、舞台制作班合同の決起集会なるただの飲み会が開かれていた。ショーの会場であるホールの最寄りの駅、M駅前の居酒屋を借り切って集まったのは、2・30人だろうか。下っ端のバイトから、演出家の先生まで。舞台上の電飾係から、音響係まで、ごちゃまぜに様々なメンバーが集まっている。
 その中にスイもいた。
 隣には、確か音響係だと言っていただろうか。マリという名前の女性が座っていた。黒髪黒眼のかなりの美人で、化粧っけの少ないサバサバした感じの『あはは』という高らかな笑いが特徴の人物だ。

「ほらほら~スイ君飲んで飲んで」

 かなりの初期から頬を真っ赤にしているし、かなりのハイテンションだが、特に呂律が回っていないとか、意味不明のことを言っているとかいうこともなく、酔っているという感じではない。ハイテンションなのは、恐らく個性なのだろう。

「はあ」

 正直この手の人が得意ではない。賑やかな人が嫌いというわけではない。ただ、馴れ馴れしい人は苦手だし、仕事だというのに、あしらい方がよくわからなくて煽られると飲み過ぎてしまうかもしれないから、距離を置きたい。

「ちょっと。マリさん。スイさん、迷惑してるでしょ?」

 そのマリの向かい側に座っている人物が、止めに入る。メガネをかけた赤味がかった茶髪の男性で、おそらく180センチを超える長身でがっしりした体躯に似合わず、少し気が弱そうな人物だ。名前は確か、木下類とか言ったと思う。酒は飲めないらしく、さっきから、炭酸系のジュースばかりを飲んでいる。

「いいじゃ~ん。こんなときしかスイ君とお近づきになれないんだもん」

 しなっと肩にしなだれかかられて、思わずスイはびくり。と、反応してしまった。相手は自分よりもか弱い女性だというのに、ほんの少し触られたくらいで、びくついている自分が情けない。

「このうぶな反応たまら~ん」

 彼女はそのままスイの腕に腕を絡めてくる。別に誰に触られても不快なのことに変わりはないのだが、この際、美人に絡まれてどきまぎしていると勘違いされた方が楽かなと思ってしまうスイだった。

「スイさん。嫌だったら、嫌って言ってもいいんだよ」

 ルイの隣に座った銀髪の男がさらに声をかけてきた。銀髪に色素の薄い灰色のような瞳、ちょっと見はかなり綺麗系で背の高い男だった。元モデルらしいのだが、今は舞台でかかる音楽のDJのようなことをしているらしい。らしいというのは、彼は厳密に言うと舞台制作のスタッフではない。だから、まだ名前すら聞いていないし、何故ここにいるのかはよく知らない。それなのに、何故か相手はスイの名前を知っていた。

「そんなこと言って、タイガさんだって、スイさん目当てで来たんでしょ? 初日に見かけて、音響の若い子に名前聞いてたって知ってるんだから」

 音響のマリは彼と浅からず面識があるらしく、からかうように言った。『タイガって名前なんだ』と、脳の記憶領域に書き込みをする。ただ、『スイさん目当て』という部分にはまた、疑問符がつく。けれど、『どうしてですか?』と、問いはしなかった。ちょっと聞きたくはなかった。
 そんなことよりも、さっきから、腕を絡められたスイの肘にマリのかなりデカい柔らかなものがぐりぐり。と、当たって、どういう反応を示したらいいのか困る。スイだって一応は男だし、元々ゲイというわけでもないから、嫌というわけでもないのだが、辛抱堪らなくなったりはしない。しないと言ったら、すごく失礼な気もするから、なんかリアクションしたほうがいいのかどうか悩む。

「スイさん、美人だもんね?」

 は?

 と、言われた言葉の真意がよくわからずに、スイは隣に座る人物を振り返った。スイを挟んでマリの反対側に座っている女性が顔を覗きこんでいる。普通、美人と言ったらこういう顔を言うのだろう。金髪に紫の瞳と、かなり派手な外見だ。聞く話によると、金髪は染色で本当はグレイの髪らしい。ちなみに情報ソースはケンジだ。
 彼女はカメラマンで普段はモデルに同行しているが、ステージ制作のメイキングを作るということで、今は舞台制作班に加わって準備段階の写真を撮っていた。

「でも、男にばっかり言い寄られても困るでしょ。ケンジの馬鹿もうろちょろしてるし」

 基本舞台装飾のメンバーには男性が多い。力仕事が多いからだ。マリとこの女性、ルナは数少ない女性の上、かなりの美人ということで『両手に花』状態のスイは、他のむっさい男たちから痛いほどの視線を感じていた。ただ、その視線の何割かが二人の美女ではなく、彼女が言った『美人』に向けられているのだとは気付いていない。

「馬鹿とはなんだよ~。ルナさん酷い!」

 そのルナの向こう側に座ったケンジが話に割り込んできたからだ。最初はスイの隣に陣取っていたのだが、トイレに行っている間にルナに場所を取られたらしい。
 今日、知り合った人物たち。意味不明の言動や正直勘弁してほしい好奇の視線や接触は多々あれど、名前と外見、表面上の人物像くらいは把握した。
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