205 / 414
Internally Flawless
01 矜持 06
しおりを挟む
◇冬生◇
ばたん。と、スイの部屋のドアが閉まる。その背中に声をかけても、彼が振り返ることはなかった。
かなり思いつめた顔をしていたのが、とても心配になる。
「兄貴、言いすぎだって」
アキを振り返って、ユキは言った。
スイは、怒っているというより傷ついているように見えた。兄が心配性なのは知っている。特に、スイのことになると殆ど束縛しているといってもいい。今回のこともまるでスイが世間知らずのお姫様だと言っているように聞こえた。
「そんなことわかってる」
むっとしたように、ユキに背を向けて、キッチンを出て、アキはまだ着たままだったコートを脱いだ。それから、それをリビングのソファに投げ出す。
「分かってないよ。あんな言い方じゃ、スイさん素直になれるわけないだろ」
アキの言い方は、まるで、スイを焚きつけていたようだった。スイが納得できないことに対して酷く頑ななところがあると、知っているはずなのに。
彼には彼なりに今までの仕事に対しての自負があるし、こんな危険な街で、その裏社会で彼は彼なりの方法で生き延びてきたのだ。それを否定されて、気分がいいわけがないと思う。
「じゃ、お前はいいのか?」
振り返ったアキは真剣そのものだった。
「今回の相手は、正直相手の全体像が全く見えない。少なくとも四犀会や菱川みたいなヤクザじゃない。けど、ここ数年だけで、わかる範囲でも10人以上行方不明者を出している。しかも、警察に気付かれないだけの用心深さと周到さと大胆さを全て兼ね備えた相手だ。それがどんなことなのか分かってるのか?」
それは、ただ心配性とか、そんな話ではなかった。
それは、アキの最大の長所。
慎重であること、用心深いこと。彼が彼の育ての親に徹底的に教え込まれたことだった。
「スイさんは簡単に大丈夫だっていうけど、俺や、お前なら、本気で1分あれば、スイさんを黙らせることくらいできる。そんなヤツが『敵側』にいないとどうして言い切れる?」
そこまで言ってから、アキは辛そうに目を伏せる。
「あの人は本当に、自分のことわかってないだろ? や。弱いって意味じゃねーよ。あの人の仕草の一つにどんだけ周りが夢中かなんて、まったくわかってねーんだよ」
ユキには、アキの気持ちがよくわかった。
仕事が危険だということも、スイが自分自身の魅力に全く無頓着だということも。
でも、やっぱり、アキの言い方は間違っていたと思う。ちゃんと初めから全部説明すれば、スイは分かってくれるんじゃないだろうか。
「兄貴……わかるけどさ……。」
ユキが言いかけた時だった。
かちゃ。と小さな音がして、スイの部屋のドアが開く。
「スイさん」
出てきたスイは、さっきまでの部屋着ではなく、外出着を着ていた。背中にはPC用のバッグを背負っている。恐らく中には愛用のPCが入っているのだと思う。それだけではなくて、彼は大振りのスポーツバッグを持っていた。
「……しばらく、会場の近くの部屋にいるから」
表情が読み取れない。スイが不機嫌な時に見せる顔。怒った顔や、悲しい顔ではなくて、殆ど感情が籠らない表情だ。
「ちょっ……それって出てくってこと?」
ドアを開けて、出て行こうとするその腕を掴んで止める。
ちらと、アキを窺うと、酷く険しい顔をしていた。それでも、何も言わない。
「……この件が片付くまでは……帰らない」
そのアキを感情の籠らない瞳で見つめてから、一瞬。ほんの一瞬だけ苦しそうに顔を歪めて、スイはユキの手にそっと触れて、離れさせた。
「じゃあ」
そう言って、振り切るようにリビングを出て行く。その背中がいつもより小さく見える。
「スイさん」
反応しようとしないアキを置いて、ユキも、リビングを出た。
ばたん。と、スイの部屋のドアが閉まる。その背中に声をかけても、彼が振り返ることはなかった。
かなり思いつめた顔をしていたのが、とても心配になる。
「兄貴、言いすぎだって」
アキを振り返って、ユキは言った。
スイは、怒っているというより傷ついているように見えた。兄が心配性なのは知っている。特に、スイのことになると殆ど束縛しているといってもいい。今回のこともまるでスイが世間知らずのお姫様だと言っているように聞こえた。
「そんなことわかってる」
むっとしたように、ユキに背を向けて、キッチンを出て、アキはまだ着たままだったコートを脱いだ。それから、それをリビングのソファに投げ出す。
「分かってないよ。あんな言い方じゃ、スイさん素直になれるわけないだろ」
アキの言い方は、まるで、スイを焚きつけていたようだった。スイが納得できないことに対して酷く頑ななところがあると、知っているはずなのに。
彼には彼なりに今までの仕事に対しての自負があるし、こんな危険な街で、その裏社会で彼は彼なりの方法で生き延びてきたのだ。それを否定されて、気分がいいわけがないと思う。
「じゃ、お前はいいのか?」
振り返ったアキは真剣そのものだった。
「今回の相手は、正直相手の全体像が全く見えない。少なくとも四犀会や菱川みたいなヤクザじゃない。けど、ここ数年だけで、わかる範囲でも10人以上行方不明者を出している。しかも、警察に気付かれないだけの用心深さと周到さと大胆さを全て兼ね備えた相手だ。それがどんなことなのか分かってるのか?」
それは、ただ心配性とか、そんな話ではなかった。
それは、アキの最大の長所。
慎重であること、用心深いこと。彼が彼の育ての親に徹底的に教え込まれたことだった。
「スイさんは簡単に大丈夫だっていうけど、俺や、お前なら、本気で1分あれば、スイさんを黙らせることくらいできる。そんなヤツが『敵側』にいないとどうして言い切れる?」
そこまで言ってから、アキは辛そうに目を伏せる。
「あの人は本当に、自分のことわかってないだろ? や。弱いって意味じゃねーよ。あの人の仕草の一つにどんだけ周りが夢中かなんて、まったくわかってねーんだよ」
ユキには、アキの気持ちがよくわかった。
仕事が危険だということも、スイが自分自身の魅力に全く無頓着だということも。
でも、やっぱり、アキの言い方は間違っていたと思う。ちゃんと初めから全部説明すれば、スイは分かってくれるんじゃないだろうか。
「兄貴……わかるけどさ……。」
ユキが言いかけた時だった。
かちゃ。と小さな音がして、スイの部屋のドアが開く。
「スイさん」
出てきたスイは、さっきまでの部屋着ではなく、外出着を着ていた。背中にはPC用のバッグを背負っている。恐らく中には愛用のPCが入っているのだと思う。それだけではなくて、彼は大振りのスポーツバッグを持っていた。
「……しばらく、会場の近くの部屋にいるから」
表情が読み取れない。スイが不機嫌な時に見せる顔。怒った顔や、悲しい顔ではなくて、殆ど感情が籠らない表情だ。
「ちょっ……それって出てくってこと?」
ドアを開けて、出て行こうとするその腕を掴んで止める。
ちらと、アキを窺うと、酷く険しい顔をしていた。それでも、何も言わない。
「……この件が片付くまでは……帰らない」
そのアキを感情の籠らない瞳で見つめてから、一瞬。ほんの一瞬だけ苦しそうに顔を歪めて、スイはユキの手にそっと触れて、離れさせた。
「じゃあ」
そう言って、振り切るようにリビングを出て行く。その背中がいつもより小さく見える。
「スイさん」
反応しようとしないアキを置いて、ユキも、リビングを出た。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。
オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。
隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた
思いつきの書き殴り
オメガバースの設定をお借りしてます

彩雲華胥
柚月なぎ
BL
暉の国。
紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。
名を無明。
高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。
暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。
※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。
※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。
※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?


目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜
高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる