遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
196 / 351
BT.H

#12

しおりを挟む
「ああ! そう。こう言えばいいかな。あれ、絶対アキさんとヤってる」

 セイジの発言に、ナオとシキはドン引きした。
 随分ストレートなお言葉で。てか、その姿を想像していたのか。と、思うと、引かずにはいられなかった。しかも、あのにやけ顔で。だ。

「うわ。なにそれ。友達に言うセリフか? あーアキさんに告げ口しよ」

 桃色の酒の入ったグラスを傾けながら、ナオは言った。
 街で見かけた綺麗なお姉さんと。ならともかく、『同居人』と、明言した相手とアキのそんなことを想像していたなんて、アキが知ったら、二度と事務所にも入れてもらえないだろう。面白そうだから、本気で告げ口しようかな。と、ナオは心の片隅で思って、一人、きしし。と、意地の悪い笑顔を浮かべた。

「いや。それは勘弁してください」

 その腕に縋って、セイジが言う。本気の懇願だ。この分だと、今日の支払いはセイジで決まりだろう。

「とにかく! 一度、見てみな? 俺が言っている意味、わかっから。まじで」

 あんまり必死に言うから、今度なんか理由付けて行ってみようかな。と思わなくもない。セイジの言葉にはかなり誇張があるにせよ、一見の価値はあるかもしれない。

「や。てか、それもなんだけど、もっとヤバいんだって! 絶対ユキもあの人好きだって」

 ああ。まだ言ってるよ。
 絶対にそれはない。

 ナオは思う。
 さっきから、セイジの言ってることが信じられない最大の理由がこれだ。
 
「いや、それはないでしょ? ユキのブラコンっぷり知ってるだろ? 百歩譲って、アキ君がその人と恋人同士だったとしても、いや。だったらなおさら、手出ししたりできないでしょ?」

 一人だけウーロン茶を飲みながら、シキが冷静に分析する。
 その通りなのだ。
 ユキがアキに対して逆らうようなことはあり得ない。アキに男の恋人ができる以上にあり得ない。
 ナオは、アキよりユキと仲がいい。しかし、ユキの話題は基本アキの自慢ばかりだ。お兄ちゃんが大好きで堪らないのだ。ワンチャン、弟が兄に惚れてると言われた方がまだ信じられる気がする。

「だってよお。ユキ、少し怒られただけで、捨て犬みたいな顔してさ。怒ってないって、頭撫でてもらって、ホントわんこ丸出しで。まじ、尻尾見えたわ。ちぎれるぐらいに振ってた。
 それから、俺が話してる間も、項のところ擽ったり、髪のゴム取ってみたり……あの時間はホント……拷問だった」

 ユキがわんこっぽいのは認める。アキの役に立てるのを至上の喜びに感じている節があって、『よくできました』と、アキに頭を撫でられて、ないはずのしっぽがぶんぶん。と、振り回されているのが見えるようだった。

「でもさ。ユキも女の子と歩いているところ。俺見たけど?」

 まあ、アキほどではないかもしれないけれど、ユキだってモテる。あの容姿に、少年みたいな笑顔を持ってすれば、大抵のお姉さんはヨロめいてしまう。
 とにかく、あの兄弟がそもそも男にヨロめくとは思えない上に、一人を取り合うなんてありえない。それが、ナオの出した結論だ。たぶん、シキも。だ。

「それも、分かってるって。でも、ホントなんだよ~!」

 二人の腕に縋りついて、セイジは言った。
 正直鬱陶しい。
 そうはいわれてもなあ。というのが、ナオの実感だった。

「あれ? セージさんじゃん」
しおりを挟む

処理中です...