遠くて近い世界で

司書Y

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BT.H

#10

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 土曜日の居酒屋は、満員御礼だった。人でごった返し、あちこちで酔っぱらいの大きな話声が聞こえる。店員は忙しなく動き回って、注文をとったり、両手一杯の酒をテーブルに運んでいく。
 それを呼びとめて、ロイヤルピーチハイなる謎チューハイを頼んでから、ナオはセイジを振り返った。

「だからさあ。マジでびっくりだったんだって」

 とりあえず生中を片手にセイジが力説する。さっきから、ずっとこの調子だ。昼間、仕事の話でアキとユキの家を訪ねたらしいが、家を出た後速攻でLINEしてきた。いつものことながら、こっちの都合はお構いなしで、集合は決定事項だった。

「あのさー。俺もひまじゃないんだよねぇ」

 余程のことがない限りずっとワークキャップを被りっぱなしのナオが言う。一応は、警察官だが、部署が『情報技術型犯罪特別対策室』という、超胡散臭い部署なためか、スーツすら着ずに仕事に行くつわものだ。今日も、今日とて、カーキのワークキャップに、首に下げたヘッドホン。オーバーサイズのトレーナーに、ロールアップのボトム。まさに大学6年生。というスタイルだ。

「だってよー。マジで俺どこの異世界に迷い込んじゃった? 状態だったんだって」

 アキとユキの家に居た『第三の男』についてが、今日の議題らしい。
 小鳥遊兄弟家に、見たことのない『綺麗め』のおにーさんがいたらしい。セイジは『綺麗め』で通じると思っているらしいが、全く伝わってこない。ふわっとし過ぎている。

 てか、綺麗めって綺麗とはどう違うんだ?

 ナオは心の中でツッコミを入れた。

「あー。てか。もいっぺん教えてくれる? どんな人がいたんだって?」

 成績はナオよりは悪かったけれど、セイジは別にバカではないと思う。けれど、想定外の事態にあうと、グダグダになる。自分の味わった衝撃を一生懸命に伝えようとはしているのだが、気持ちばかりが先走って致命的に説明不足だということに気付いていない。しかも、酒が入ってからは語彙が少なくなって、変な擬音で表現しようとするもんだから、さらに意味が分からなくなってきていた。

「だからさ。こう、ふわふわっとした翠の長い髪で、後ろで一つで束ねてて。目の色とかも翠なんだよ。ちょっと前にドラマであったじゃん。あ。そうそう。『キミ髪』アレの主人公みたいな。顔は……目がくりくりっと大きい童顔の人。それから……愛想良くずっと笑ってる感じ。優しそう」

 ふわふわでくりくりって……。
 この部分の形容だけ聞くと、確かにセイジの指摘した『キミ髪』こと、『キミの髪が綺麗だと思ってしまった時から僕の負けだった件』なる長ったらしい名前の人気ドラマのヒロイン女の子の姿が思い浮かんでくる。翠の髪と瞳の女の子に情けない転校生のモブ男が、恋して振り回されるという、ありきたりな話だったが、ヒロインの可愛らしさ(事務所の力?)に火がついた。さらに、ドラマさながらの翠の髪と瞳をもつ人気モデルが海外のコレクションで脚光を浴びたため、街には翠のカラーをした女子が溢れかえっている。
 ただし、ヒロインはあたり前ながら女の子だ。

「背は多分ナオくらい。でも、すっげー細い人で、腰とかこんななの。や。腰だけじゃなくて、全部ほせーんだけど、あと、色白。項とか真っ白。あれって、ホント外なんて出ないんじゃね? てか、アキさんが出さねえのかな? ちょっと、病弱っぽい? で、なんてーか。うーん。中性的? な感じ。男らしいって感じじゃないんだけど、女みてーとかじゃねーの」

 この辺になるとイマイチ想像が追い付かなくなってくる。
 背が自分くらいってことは、平均よりはちょい低いけど、小さいというほどではないだろう。けれど、そのぐらいの身長の女性なら、街中でも見かけることはある。続いて、細い人となると、男らしさみたいなものとは離れていく。てか、腰って。腕とかじゃねーの? と、ツッコミは飲み込んだ。さらに色白病弱となると、なおさら、イメージはドラマの女優に寄っていく。ついでに、セイジの視点が腰とか項とか微妙な部分に集中している気がして、ナオの頭の中に浮かぶのは完全に(セイジ好みの)女の子になっていた。
 それでいて中性的。確かセイジの好みは猫目ショートヘアのボクっ子ツンデレ系巨乳(三次元に存在しているのを確認したことはない)だ。

「アキさんより4つ年上だって言ってたから、28だと思うけど、俺らより下にしか見えなかった。肌キレーだったし、童顔だし。でもさ、怒ったらアキさんもユキもビビってんの。優しそうなのに、結構気ぃ強そうだった」

 セイジの説明だ。的を射ていないかもしれない可能性は十分にあり得る。ただ、単にナオの想像力がポンコツなだけかもしれないまでありえる。説明をしてくれているその人物に会えたら、全く想像していたものとは違っているかもしれない。
 だから、まあ、見た目のことはこの際どうでもいい。どちらかと言うと、気になっているのはその先だ。
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