遠くて近い世界で

司書Y

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BT.H

#8

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「あ……ああ。ええっと、この間のショーモデルの警護の話なんだけど……」

 と。気を取り直して話し始めたのだが、多分、そこからのセイジの説明はかなり要領を得なかっただろう。なぜって、とにかく気が散るのだ。 
 隣に座っているスイの腰を抱くように腕を回すアキ。スイがちゃんと話を聞けと怒っても、終始上機嫌だ。その上、耳元で何やら囁くし、後ろに束ねた髪を弄るし、柔らかそうな頬をぷにぷにしているし、正直目のやり場に困る。そのうち、スイが怒ってユキと席を代わると、今度は打って変わって不機嫌な顔。
 スイが席を代えると、今度はユキがスイのソファの後ろに立って後ろからじゃれつくし、無視すると首筋を擽るし、束ねた髪のゴムを取るし、なんなの? これ、新手の拷問? 状態だった。
 ただ恋人同士のいちゃいちゃを見せられているだけなら、まあ、テレビでも見ていると思って諦めもつくのだが、いくら綺麗めとはいえ、7年も付き合っている友人のにやけ顔を見せられて、びみょーな気持ちにならない奴がいるんだろうか。

 てかさ。これって、どう考えればいいわけ?

 セイジはさらに混乱していた。
 何故なら、さっきから見ていれば、アキだけならともかく、ユキもスイにちょっかいをだしまくっているからだ。しかも、だ。そのちょっかいがいちいち恋人同士のじゃれあいにしか見えない。
 仕事関係者といっても、友達と思って、気を許しているからだろうけれど。いや。そうでなくて、もしかしたら、付き合い始めの恋人を見せびらかしたいだけなのかもしれないけれど。そうでもなくて、百歩譲ってもう恋人だって言うなら、それは受け入れるが、そういう問題というよりも。

 どっちの????

 最早、混乱しかない。
 ユキはアキがスイにべたべた触っても怒らない。アキも不機嫌になったのはスイが隣にいなくなったからであって、ユキがちょっかいを出しても平気な顔をしている。
 平気な顔をしていないのは、スイだけだ。

「ちょっと! 君たちいい加減にしろよ!!」

 二人の態度についにスイがキレる頃にはもう、話は終わっていた。いや、何を話したのか微妙に覚えてはいない。ツッコミどころが多すぎて、疲れてしまった。

「ちゃんと、聞けって言ってるだろ!」

 スイの頬が赤いのは怒っているからなのか、恥ずかしいからなのかはよく分からない。人前でいちゃいちゃするのをよしとするようなタイプには見えないので、多分後者だろう。
 ってことは、やっぱり恋人は勘違いでなく確定なんだろうか。

「だってさ。セージさん、折角の休みの日にくるからさ」

 怒られて、拗ねたようにユキが言った。ソファの背もたれにのの字を書いている。彼のファンだと言っている交通課の婦警さんたちに見せてやりたいもんだ。いや。きっと、『カワイイ!』とハートマークが乱れ飛ぶんだろうけど。

「それとこれとは話が別!」

 ぴしゃりと言い切られて、ユキがまたのの字を書いている。

「ちゃんと、聞いてたって」

 今度はアキが言い訳する。いつもは自信たっぷりのアキがばつが悪そうに言い訳する姿も、彼のファンだと言っている総務課窓口の婦警さんたちに見せてやりたい。いや。きっと、これも『カワイイ!』とハートマークが乱れ飛ぶだけだ。

「じゃ、詳細を200文字以内で述べよ」

 疑わしいと眉を寄せて睨んでいるスイから、目を逸らしてアキは『ええっと……』と小さく呟いた。

「言えないだろ? 仕事の話は仕事の話! ちゃんとしなさい!」

 腕組みして、怖い顔でスイが言う。

 お母さんかよ。

 と、心の中でツッコんだのは秘密だ。何故なら、怒ったスイはちょっと怖かったし、それがちょっとイイなと思ってしまった自分が、何かの扉を開けてしまいそうで怖かったからだ。

「「ごめんなさい」」

 二人が謝る。実際の話、アキが無条件に謝るのを見るのは初めて? くらいだった。
 いつも、自分たちに対して傍若無人の限りを尽くす兄弟を完全に手懐けているその人の第一印象は、綺麗めの外観に似合わず、かなり気が強いなというものだった。
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