遠くて近い世界で

司書Y

文字の大きさ
上 下
191 / 414
BT.H

#7

しおりを挟む
 他の言い方を探したけれど、見つからなくて、何と言っていいか分からなくなった時、かちゃ。と音がして、セイジの前にコーヒーカップが置かれた。

「どうぞ」

 あの翠の髪の青年だ。アキの仕事の関係者だとわかったからなのか、表情がさっきよりもっと、柔らかくなっている。セイジの前に続いて、アキの前にもカップを置いて、さらに黒色の大きめのカップも置いてから、自分の分のカップを置いて、その人は当たり前のようにアキの隣に座った。

「ありがと。スイさん」

 アキもそれを当たり前の顔で受け入れている。お礼を言う笑顔はまた、あの優しげな笑顔だ。

「セイジには、紹介しとく。この人はスイさん。今一緒に仕事してる。もう、何か月くらいになるっけ? まあ、別にそれはいいか。情報系担当してもらってる」

 セイジの知っている限り、アキとユキはずっと二人だった。いや、ユキが帰ってくるまではアキは一人だったのだが。
 よっぽど、気に入ったのか。と、思う。
 気に入ったのが、技術力なのか、人間性なのか、それとも他のものなのかは分からないけれど、アキほど警戒心が強い男が無警戒にパーソナルスペースに招き入れるくらいには気に入ったのだろう。

「スイさん。こいつは、セイジ。面倒ごとばかり持ってくるめんどくさいヤツ。見ての通り非モテ万年平刑事。あと、ポンコツ。それから、ヘタレ」

 カップに口を付けてから、余計な形容をたっぷりつけてアキが面白くなさそうに言った。面白くなさそうな理由がなんなのかは分からない。
 ここに来てから、分からないことだらけだ。分かることと行ったら、アキが口を付けたカップには、明らかにカフェオレ? いや、コーヒー牛乳? が注がれているってことくらいだ。糖尿病で泣く羽目になるよ? と、忠告したくなるくらいの甘党のアキが砂糖を入れていないところを見ると、多分、いちいち言葉にしなくても、アキの好みをちゃんと分かってくれている人なんだろう。

「よろしく」

 にっこりと笑うその人は、少し頭を下げてから、自分の分の、おそらくブラックのコーヒーに口を付けた。

「はあ……あのぉ」

 言いかけたところで、ばたん。と、音を立てて、ドアが開いた。

「あー。セージさん、久しぶり!」

 入ってきたのはユキだった。こっちは、いつもと変わらない騒がしい登場にほっとする。

「ユキ君。ドアは静かに」

 ただ、ため息交じりに、スイと紹介されたその人が言うと、ユキの表情が変わった。

「ごめん」

 しゅんとして、静かにドアを閉めて、ユキは黒いカップが置かれている場所に座る。もともとわんこっぽいのだが、そんな風にしていると、まるで捨て犬だ。

「スイさん。怒ってる?」

 ちら。と、スイの顔色をうかがってから、ちび。と、ユキがカップに口を付ける。

「別に怒ってなんていないよ」

 苦笑するスイの言葉に、ユキの顔がぱっと明るくなった。

 なんだ? これ??

 セイジは思う。

 この兄弟はこんな感じだったか?
 なんだか、懐きすぎてはいないだろうか?
 あれ? おかしいのは自分なんだろうか?
 混乱してきた。

「で? セージさん何しに来たの?」

 ユキに言われて、セイジははっとした。自分は別に彼らを観察するために来たわけではない。仕事しに来たのだ。
 イマイチ掴めない現状を理解するのはひとまず、後回しにすることにする。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ここで会ったが、十年目。

N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化) 我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。 (追記5/14 : お互いぶん回してますね。) Special thanks illustration by おのつく 様 X(旧Twitter) @__oc_t ※ご都合主義です。あしからず。 ※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。 ※◎は視点が変わります。

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

彩雲華胥

柚月なぎ
BL
 暉の国。  紅鏡。金虎の一族に、痴れ者の第四公子という、不名誉な名の轟かせ方をしている、奇妙な仮面で顔を覆った少年がいた。  名を無明。  高い霊力を封じるための仮面を付け、幼い頃から痴れ者を演じ、周囲を欺いていた無明だったが、ある出逢いをきっかけに、少年の運命が回り出す――――――。  暉の国をめぐる、中華BLファンタジー。 ※この作品は最新話は「カクヨム」さんで読めます。また、「小説家になろう」さん「Fujossy」さんでも連載中です。 ※表紙や挿絵はすべてAIによるイメージ画像です。 ※お気に入り登録、投票、コメント等、すべてが励みとなります!応援していただけたら、幸いです。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

私の庇護欲を掻き立てるのです

まめ
BL
ぼんやりとした受けが、よく分からないうちに攻めに囲われていく話。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

よく効くお薬〜偏頭痛持ちの俺がエリートリーマンに助けられた話〜

高菜あやめ
BL
【マイペース美形商社マン×頭痛持ち平凡清掃員】千野はフリーのプログラマーだが収入が少ないため、夜は商社ビルで清掃員のバイトをしてる。ある日体調不良で階段から落ちた時、偶然居合わせた商社の社員・津和に助けられ……偏頭痛持ちの主人公が、エリート商社マンに世話を焼かれつつ癒される甘めの話です◾️スピンオフ1【社交的爽やかイケメン営業マン×胃弱で攻めに塩対応なSE】千野のチームの先輩SE太田が主人公です◾️スピンオフ2【元モデルの実業家×低血圧の営業マン】千野と太田のプロジェクトチーム担当営業・片瀬とその幼馴染・白石の恋模様です

処理中です...