遠くて近い世界で

司書Y

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BT.H

#5

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「ああ。いますよ。アキ君!」

 中に向かって、その人物が声をかける。

「アキ君! お客さんだよ!」

 中からの返事がない。
 ヤバい。
 もしかしたら、まだ、寝ていたのだろうか。だとしたら、ヤバい。弩級に不機嫌な家主に嫌み言われまくる未来が見える。

「スイさん。だれ?」

 奥から出てきたアキは、しかし、不機嫌ではなかった。翠の髪の青年を見て、見たことのないような優しい笑顔を浮かべている。

「あー。お前か。なんだ? 用か?」

 大抵、外で会う時はコンタクトをして、サングラスまでしているのだが、今日はメガネで、外ではお目にかかれないようなラフな格好をしている。それだけでも、かなりレアなのだが、あの笑顔はなんなんだ? セイジは混乱した。

「いや。こないだのショーモデルの警護の話。ちょっと、ヤバいことになりそうだから……」

 話しながらも、頭は別のことを考えていた。
 アキとユキは仲がいい。男同士の兄弟にはあり得ないくらいに、仲がいい。それは、二人の生い立ちに関係があるらしいのだが、詳しくは知らない。知ろうとも思わない。知らなくても、友達だと思う。それでも、そのユキに対してだって、こんなストレートに優しい笑顔なんて見せたのは見たことがない。

「あ? 面倒な話?」

 しかし、その笑顔も、仕事の話が出た途端、いつもの表情に変わってしまった。腕組みをして、壁に寄り掛かって、少し斜に構えたいつものアキだ。

「……ん。この依頼、全然別のものになるかも」

 まあ、その方が自分は話しやすくていいと思う。あんな顔をされていたら、何か悪いことの前触れのようで、気が散ってしょうがない。
 アキはちょっと引くくらい、いい男だと思う。全くその気がない自分でも、壁ドンされたらくらりと来てしまいそうなくらいに。普段は完全に冷徹な暴君のくせに、あんな優しげな笑顔をされたら、N署のアキ様ファンクラブでなくても落ち着かないこと限りなしだ。

「アキ君。とにかく、事務所の方で話したら? ここじゃ、寒いだろ」

 話が長くなると察したのか、翠の髪の青年が言う。

「ん。セイジ、入れよ」

 腕組みをしたまま、顎で入るように促される。

 え? 入っていいわけ?

 セイジは思う。
 何度も言うが、アキはとても警戒心が強い。まあ、セイジに対して裏切るんじゃないかとか、そんな心配はしていないだろうけれど、とにかく自分の領域に他人を入れるのを極端に嫌がる節がある。だから、こんなに簡単に家に入るのをOKされたのは初めてだった。前回、ソファ搬入の時だって、お茶すら飲まずに帰らされたくらいだ。

「あ。じゃ。俺、お茶入れるよ」

 翠の髪の青年は、二人の先に立って、リビングに続くドアに消えた。

「どした? ドア閉めろよ。寒い」

 セイジに背中を向けようとしたその腕を掴む。

「ちょちょちょ。アキさん。あの綺麗めな人誰よ?」

 腕を掴まれたまま、アキはじっとセイジを見た。
 まず、怪訝そうな顔。それから、少し悩むような顔。その次は、少しむっとしたような顔。最後に、ため息をつく。

「『同居人』」

 あ。今、説明するの面倒くさくなったな。と、分かる反応だった。
『同居人』の前、もしくは後にめっちゃ長い接頭語、接尾語がつくのは間違いなさそうだ。

「いやいやいやいや。てか、ここの部屋、2LDKだろ? あの人、どこに住んでんのさ? え? アキさんと同じ部屋とか!? それとも、まさか、ユキ追いだしたとか!?」

「どっちもちげーし。ま、入ればわかる」
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